2009年4月30日木曜日

売物件


我が家のご近所は今も建築ラッシュ
この日曜日にも通りの向こうで地鎮祭(じちんさい)

公園の前の大きな家
「売物件」の看板

春になってハナミズキも咲いたのに・・・

2009年4月29日水曜日

オバマの100日

今週のTimeの表紙のことば、"100 DAYS" 。今日はオバマ大統領が就任して100日目。

就任直後からの動きは全世界が注目するところ。無難に・・・というより、この大変な局面を乗り越えるための大統領、そして政権すべての誠実な動きを感じるのは私だけではないと思います。想像を絶するストレスの中の100日。Timeのウェブに写真集がありました。

Behind-the-Scenes: 100 Photos for 100 Days

オバマ大統領がまだ無名の政治家であった頃から密着撮影を続けているCallie Shellさんの写真は、家族同様の間柄であるからこそ写せたというもの。重大な決定の前に目を閉じるオバマ、家族とのひととき、食事風景など、今まで知らなかったホワイトハウスの中を見ることができます。

昨日チェックした時には77枚だった写真の数が、今日は101枚になっています。(この全ての写真をCallieさんが写したのではないとは思いますが・・・・)

全部の写真を見るのはなかなか大変ですが、ぜひクリックしてください。

2009年4月28日火曜日

ラジオの効用

目の前に広がる景色、ただ見とれているだけでなく、それを「ことば」で説明するとどうなるでしょうか?

「何と雄大な景色でしょうか!」「すごいです!」とことばを並べても、耳だけで説明を聞いている人には、その感激は伝わりません。ラジオの放送で、アナウンサーやレポーターがいかに苦労して(工夫して)ことばを伝えているのかがよくわかります。

和歌山県立医科大学脳神経外科の板倉徹教授の著書「ラジオは脳にきく」という本の解説文が目に止まりました。

ラジオでサッカー中継を聞いていると、頭の中にめまぐるしくグラウンド上の光景が浮かぶ。ラジオドラマも場面を思い描きながら聞いている。「そういうときの脳は広い範囲が活性化されているのです」と板倉教授が説明している文章がありました。

アルツハイマー病の予防にもラジオを聞くことが役立つとなると、ちょっと聞き捨てなりませんね。

テレビをボーッと眺めていると前頭葉は休眠状態になる。ところがラジオは音声しかないので、脳が情報を補おうとして、音から場面を想像する。すると広い範囲にわたって脳を活性化でき、脳を鍛えるのには最適。

さらに、家事や仕事をしながらの「ながら聞き」も「同時に二つのことをするのは、脳にとって高度な活動だから、これも訓練になる」とか。

「筋肉は鍛え直せるが、脳はそれがむずかしい。衰えないようにすることです」という板倉教授のアドバイス、心したいですね。

2009年4月27日月曜日

平等ということ

私たちがシカゴに住んでいた時、小学校の校長先生からの「呼び出し」がありました。「お宅のお子さんたちをGifted Programのメンバーにしたいのですが、よろしいですか?」

アメリカの学校では、子どもの教育について、先生方と親の会話がオープンに行き交(か)います。日本の「モンスターペアレント」とは全く違って、親も思うところがあれば、必ず担任の先生、もしくは直接校長先生とじっくり話し合うのです。

娘が担任の先生と馬が合わず、学校がイヤになりかけた時、学年の途中でしたが、別のクラスに移ったこともありました。子どもにとって、それがベストだと、関係者みんなが納得しましたから、以前の先生との「後腐(あとくさ)れ」も全くありませんでした。

Gifted Programとは「よくできる子どもたち」を選抜して教育するプログラムです。公立小学校ですから、普通のクラスのレベルからかけ離れたことをするのではなく、ちょっと上ぐらいのことを教えていく、そんな感じでした。

こ のプログラムのための選抜テストで我が家の子どもたちがいい成績をとった、そこで、校長先生が親の意見を聞いてくださったのです。「まだアメリカに来て2 年足らずですから、もちろん英語力は他の子どもより劣りますが、二人の可能性はとても高いと判断しました。」という校長先生のことばに感激した私です。

日本の公立小学校で、このような場合、果たして外国人の子どもたちを「できる子どものための特別クラス」に入れてくれるでしょう か?普通より手がかかるのははっきりしています。でも本人たちにとって「いいこと」だと判断できれば、ベストを尽くそうという先生方の気持ちが強く伝わってきたものです。

その子の能力に合った教育こそが「平等な」教育です、とこの校長先生がおっしゃいました。無理をさせることなく、自然に能力を伸ばせる教育が一番大切なのです、と。

アメリカの小学校では、飛び級も落第もとても自然でした。落第と言っても、親が「うちの子はまだ進級するには力不足だから、もう一年、同じ学年で勉強させたい」という場合もしばしばありました。小学校入学を遅らせる親もいたほどです。

子どもが伸びる時期は一人一人違います。体力・気力・精神力・そして学力、それぞれ、色んな伸び方をするものです。その子どものその時期にふさわしい教育を考える、教師や親にとって、まず第一に考慮すべきです。

同じ教材で同じ時期に同じように勉強するのが「平等」。少しでも「えこひいき」はいけない。そんな考え方はないでしょうか?一人一人の持っているものをきちんと伸ばせる教育。それが真の意味での「平等」なのではないでしょうか?

我が家のGifted Childrenのその後は・・・

二人とも、しっかり自分の道を歩いています。
決してストレートAの生徒ではありませんでしたが・・・

2009年4月26日日曜日

菜の花














           出町付近の鴨川
           桜のあとは菜の花が満開

           葵橋(あおいばし)の向こうに北山
           ちょっと曇の多い日

           私の好きな京都の一つ

2009年4月25日土曜日

スタッキング

ストッキングではありません。「百聞(ひゃくぶん)は一見(いっけん)にしかず」まずはこのビデオをごらんください。

The World of Sport Stacking - TIME

プラスチックのコップを文字通り「目にも止まらぬ」早さで積み上げていく競技。それがスポーツスタッキング。

「早送りではありません」という説明がありますが、どう見てもこの動作は「早送り」です。画面にスタートからの秒が表示されますが、あまりの手際(てぎわ)の良さに、タイマーを見ているヒマはありません。

プラスチックのコップの底には穴が3つあいていて、コップをいくつか重ねる時、空気が抜けるようになっています。11歳のスティーブンが世界記録を破ったというのですが、一度見るだけでは、一体どんな競技なのかもわかりません。

ビデオの途中で、この競技の「手順」がゆっくり解説されるので、やっと理解できました。お兄さんと二人のスタッキングも、その早さは変わらず。どうしたらあんなに早く手が動く(頭が動く)のでしょうか。あっけにとられていた私です。

今週のTimeをペラペラめくっていて目についた記事からのご紹介です。

2009年4月24日金曜日

ブログ記念日


何気なく去年の4月24日にスタートした「けやき便り」新緑の季節になりました

母との静かな生活の中で、ブログのネタ探しは私の野次馬根性をくすぐってくれます

私の偏見に満ちた(?)内容を読んでくださる方々に心からの感謝を申します

これからもよろしくおつきあいのほど、お願いいたします

少し雲が出てきた朝
今年はけやきの葉っぱが去年より大きいようで・・・

2009年4月23日木曜日

ニュース検定

ニュース時事能力検定というものがあるのを初めて知りました。このところの「検定」ブームの一環でしょうか。

問題サンプルに挑戦してみましたが、自分なりに理解しているつもりの時事問題も、その知識が非常にあいまいであるのがわかります。1級の設問は、問題そのものを理解するだけでも大変です。

私の母は時事問題にとても興味のある人でした。新聞を丁寧に読み、世の中の動きに敏感な人でした。70歳を越しても、母の会話は普通の「おばあさん」のものではありませんでした。

でもその興味がどんどん薄れていったのです。新聞はずっと読んでいましたが、内容は全く頭に入らなくなっていきました。

2001年9月11日、まさに「その日」アメリカにいて、飛行機が飛ばなくなり1200キロをレンタカーで走った私です。帰国後その経験を話した時、母が全くのってこなかったのはショックでした。以前なら次々に質問を繰り出したはずの母なのに、全く反応がなかったのです。

もし今の母が昔のように「時事問題」に興味を持ち続けていたら、きっと試験用のテキストを買い込んで、あれこれ勉強することだと思います。検定を受けると言い出すかもしれません。

社会に対する興味をどこまで持ち続けられるか、これは私にとって心すべきことだと改めて思います。

2009年4月22日水曜日

兄弟再会



Chuckが7ヶ月ぶりに「兄弟」と再会
ペットショップの住人の「いのちゃん」は
長い毛をドライヤーでいつもお手入れ
方(かた)やChuckは・・・

遊ぼうよ・・と「いのちゃん」を追いかけるChuck
逃げる「いのちゃん」

「いのちゃん」はいつも犬に囲まれているけれど、
Chuckが知っている犬は「いのちゃん」だけ

この二匹、本当に同じ時に同じお母さんから生まれたのですよ!


写真写りは白い「いのちゃん」の方がいいな・・・・

2009年4月21日火曜日

スター誕生

先週の金曜日、CNNのウェブで一夜にして世界中に名前の知れ渡ったイギリス女性のことを報じていました。

asahi.com(朝日新聞社):「靴投げ」超えた47歳の熱唱 ネットで5千万回ヒット

47歳のスーザンボイルさんが、イギリスの「素人タレントショー」Britain's Got Talentに出場。まさしく「田舎のおばさん」風の彼女に、審査員は少々投げやりに質問します。

「お名前は?」(このあとになぜかDarlingとつきます・・)
「スーザンボイルです」
「お年は?」
「47歳です」(困惑する三人の審査員の顔が次々写ります。会場からも「えーっ」というような反応)
「将来の夢は?」
「プロの歌手です」
「なぜ今まで歌手にならなかったのですか?」
「チャンスがなかったからだと思います。今日がそのチャンスかもしれません」

こんなやりとりの後、「では歌ってください」とこれまた、気乗りしない審査員の声。

そして・・・

「レ・ミゼラブル」の「夢やぶれて」という歌の前奏が流れ、彼女が歌い始めると・・・

審査員、会場、全てが驚きの表情、そして拍手・拍手・拍手。

歌い終わった彼女がおじぎをして舞台のそでに戻ろうとすると、審査員の一人が「待って、待って・・」とあわてて引き留めます。

そして、一息ついてから「こんなにびっくりしたのは、この三年間審査員をしていて初めてだ」とのコメント。女性審査員は、歌声に涙ぐむほどの感激ぶり。「ただただすごい」というだけ。

最初インタビューした審査員は「あなたが、プロの歌手になりたいと言った時、会場の誰もが苦笑しました。でも今は誰も笑う人はいません。素晴らしい!」

ス コットランドの田舎町で生まれた家に住み続けるスーザンさん。2年前に亡くなったお母さんの、「夢を追いかけて」と言ったことばに背中を押されて この番組に応募したのです。教会の合唱団で歌うことはあっても、それ以外に目立った音楽経験は全くなし。CNNによると「今までキスを一度もしたことのな い女性」だとか。

歌、踊り、マジックなどなど何でもありのBritain's Got Talent.。ファイナルの優勝者はロイヤルファミリーの前で発表する機会があるとか。2007年にスタートして、今年は三年目。スーザンさんもファイナルを目指しているところです。

予想外のスター誕生が、ユーチューブで、今までのどのビデオよりも、多くの人を引きつけているようです。まさしく世界中の人たちがインターネットを通じて、彼女の歌声に聞き惚れています。一度聞いてみてください。

YouTube - Susan Boyle - Singer - Britains Got Talent 2009 (With Lyrics)

2009年4月20日月曜日

イチローの15年

日米通算で3086安打を達成したイチロー
アサヒウェブの止まらぬイチロー 写真特集です

一番最後の写真から逆に見ていきました
オリックス時代の若い(幼い)顔はあまり馴染みのない私です

イチローの15年
スーパーアスリートとしての15年

19日の朝日新聞の「天声人語」に
「つくづくと、野球の神に愛された選手だと思う」とあります

「小さなことを積み重ねるのが、とんでもないところに行くただ一つの道と思う」

自分を高める努力を続けるイチローのことば
風格を感じます


08年7月30日 イチロー
09年3月27日 イチローの壁

2009年4月19日日曜日

2009年4月18日土曜日

新しい関係

「あなた、どなたでしたっけ?」
母の母、祖母が最晩年、よく口にしたことば

「あなたは誰?」と問いかけることもしない母
私のこと、娘だってこと、わかってる?

認 知症になると、長年連れ添った伴侶や、子どもであっても他人だと言うようになる。介護する家族としては辛いことだ。しかし、家族を忘れたのではない。現在 の体験の記憶をそっくり失い、過去の世界で生きるようになるのが認知症。本人にとって、家族とは、隣にいる年老いた夫ではなく、働き盛りの夫であったり、 学生服姿の子どもだったりする。

「自分は本人の心の中で生きている」と割り切ることが大切だ。本人が自分と友人だというなら、友人を演じればいい。最初は難しくても、現在の新しい関係を築ければ、精神的に楽になるはずだ。(認知症の人と家族の会 代表理事のことば)

早朝、久しぶりに玄関のドアを開けようとしていた母
「京都に帰りたいの・・・」
「あなたはここに住んでいらっしゃるの?」

今の私は母にとって何なんでしょうね
ちょっと知りたい私です

2009年4月17日金曜日

芽吹き


暖かい日が続いた4月
一週間足らずでけやきが今年の装いに
芽吹(めぶ)きの季節

2009年4月16日木曜日

田中宇

この名前「たなかさかい」と読みます。フリーランスの国際情勢解説者として、自らインターネット上で集めた各国の情報を読み下し、解説を加えたコメントをメールマガジンで配信している方です。田中宇の国際ニュース解説

車いすフェンシングが本格的な活動を始めた1998年頃、当時共同通信社の京都支局の記者だった「田中宇さん」に取材を受け、名刺を頂いていました。その後、 このお名前を再度目にしたのは、2001年の9.11の後のことでした。偶然メールマガジンの配信を知って、彼の解説記事をほぼ毎週読むようになりまし た。

早い時期から、ブッシュ政権の同時多発テロへの関わりを指摘した記事を目にし、「反テロ政策」で燃えていたアメリカに楯突(たてつ) く、その論法に一種の怖さを感じたものでした。何年もたってから、田中氏の主張が当を得たものであるのが、世間でも知られるようになったのですが、その洞察の深さに改めて感心したものでした。

政治的な解説だけでなく、今回の経済危機も一年以上前から警告を発するコメントが出ていました。ざっと読んだだけでは、私にはとても理解できない内容でしたが、「このままではダメだ」ということはわかりました。

中東問題、北朝鮮問題、ありとあらゆる世界情勢に関するテーマが登場します。膨大な英文をよみこなした上での論説は、その出典(しゅってん)があきらかになっているので、メールマガジンの読者も、興味のある原文を読むことが可能です。

田中氏の奥さんが、ハーバード大学留学の奨学金を受けた折、パートナーとして、彼もアメリカでの生活をし、そこで今のような情報提供能力の基礎を身につけ た、とどこかで読んだことがあります。難しい原文を読みこなすスピードが以前よりも上がり、今後、週2回はメールマガジンを出せるようになったので、有料 配信を計画しているという案内がありました。

今まで私が読んでいたメールマガジンは全くの無料です。田中氏自身の今後の活動を支えるためにも、一ヶ月あたり500円の有料配信は決して高いものではありません。自らの仕事を全て無料で提供してきた田中氏の今までのやり方は、何でも料金を要求 する現代社会では「珍しい」ものだったのです。

彼の幅広い情報と知識から生みだされるメールマガジン。ここ数年、私の雑学の源(みなもと)の一つとして大いに活用させてもらっています。

2009年4月15日水曜日

ワインオープナー

ふとたどり着いたページ、クリックしてみてください。

楽しい暮らしの研究所 イエラボ: File No.20 ワインオープナーパーティで影の主役になりそうなもの

「結婚プレゼントの中で一番よかった」と言って息子が私にもプレゼントしてくれたもの

「一分間に8本のワインが開けられるワインオープナー」とギネスブックに登録済みとか(我が家ではまだこの記録に挑戦したことはありませんが・・・)

偶然に見つけたページ、何だか嬉しくなってお披露目をば

今日はちょっと手抜きのブログ

2009年4月14日火曜日

挑戦の4月

77歳の女性がこの春から英会話入門講座に申し込んだという投稿がありました。「簡単な英会話ができる人が対象」という地元の区民センターでの講習だそうです。

この女性自身、自分の英語の実力は、NHKラジオの初心者向け講座「基礎英語1」のレベルだと思っているようです。毎週一回6ヶ月続く講座を受講できるのか、不安に思っていた彼女が申し込みを決めたのは大きなきっかけがあったからです。

それは、実際に英語を使って会話ができたからなのです。日本を旅行しているインド人の「ハンサムな」青年と長距離バスの待合い室で英語の会話が「成立した」のだそうです。

頭の中で必死に文を組み立て、夢中で家族やインドのことを話したとか。その青年はゆっくり、時にはさりげなく訂正しながら、会話の相手をしてくれたのです。缶コーヒーをごちそうになったり、「私の人生の出来事としては、想像すらできないこと」を経験できたのです。

「自分の英語が相手に通じた喜びは例(たとえ)ようもなく、夢のようでした」「同時に講座を受ける決心がつきました」と文章が続きます。

そうなんですね。「通じる喜び」、これを経験すると、会話を学ぶ大きな励みになりますね。たとえ一言でもいい、何かが通じる、それが会話の「はじめの一歩」になるのだと思います。

現在77歳のこの女性が、大きな希望を持って新しく挑戦する4月。想像する私達も楽しくなりますね。この投稿のタイトルは「英会話 オバアの挑戦」でした。

2009年4月13日月曜日

静かなChuck


Chuckのホームベースはケージの中。まだトイレトレーニングが完璧ではない子犬ですから、ベッドとトイレが入った、安全な(?)ケージの中が彼の部屋です。

食事もケージの中。食後、外に出してもらえる「条件」はオシッコとウンチが出ること。いくらクーンとなさけない声を出しても、「出るものが出てからよ!」といつも無視する私。

そして・・・出たあと・・・なぜか静かなChuckなのです。「出たよ、出して」と鳴いてもいいようなところですが、とても静かなのです。Chuckはただただおとなしく座って私が気づくのを待っています。

鼻を鳴らすことも多いのに、なぜこの時は静かなのでしょう、不思議です。私がChuckの気配(けはい)が読めるように訓練してくれているのでしょうか・・・

生後9ヶ月、我が家に来てからもうすぐ7ヶ月。結構私の心が読めるようになったChuckです。

2009年4月12日日曜日

一勝の重み

サッカーJ1の京都サンガが昨日の試合で、目下首位のアルビレックス新潟を1対0で破り、暫定(ざんてい)ながら4位に浮上、と今朝の新聞記事。

スポーツは何でも興味はあるのに、試合をじっとテレビで見るのが苦手な私。結局、新聞で試合結果を見て、あれこれ散漫な興味を示しているだけ。でも地元京都のチームが勝つと「やった!」と思います。ぶっちぎりの実力がないチームで、ここ数年J1とJ2をウロウロしていましたから、負けるのも当然かな、と思うこともしばしば。でも昨日は「よしっ!」です。

NHKの「ようこそ先輩」に野球の楽天イーグルスの山崎武司選手が出ていました。例の如く、小耳(こみみ)にはさんだ言葉。

2005年にパーリーグに新規参入した楽天。最初の年の成績は38勝97敗1分(勝率.281)というもの。ベテランと若手の寄せ集めの球団がプロとして戦うのですから、苦戦は当初から予想されていいました。開幕前から囁(ささや)かれていた「シーズン100敗」だけはまぬがれたとあります。

その最初の年、一つの勝利があれほどうれしかったことはない、と山崎選手が後輩の小学生を前にして言っていました。実力差が大きい相手に対して、必死で試合を挑み、その結果が勝利になった時の感激を話していました。

競技スポーツを私自身はしたことはありません。ですが、車いすフェンシングの海外遠征で、「悔しい思い」「飛び上がる経験」など、スタッフとして経験してきました。

世界ランキングの上位の選手と対戦が決まると、選手自身も、監督、コーチ、スタッフ、みんなが「あーあ」と思うものです。そこから気持ちを建て直し、いかにいい試合をするか。個人競技の車いすフェンシングであっても、選手一人だけで「戦闘態勢」になれるものではありません。チーム一丸となって、気持ちを盛り上げていきます。

ドンキホーテかもしれません。でも、だからこそ、ポイントが取れた時、そして、一度も勝てなかった相手に勝利した時の感激は何とも表現できないものとなります。

2005年の楽天の勝利も、昨日のサンガの勝利も、負ける悔しさを痛いほど味わっているからこそ、大きな喜びとなるのでしょう。それがあるから、スポーツ選手は、どんなに負け続けても「もういっちょう!」と挑戦していくのでしょうね。

2009年4月10日金曜日

娘のブログ

私のこのブログ「けやき便り」の画面右下に「マイブログリスト」を作りました。ブログのリンクです。

でもなぜかタイトルが文字化けします。娘が書く「ばいりんぶろぐ」と出て欲しいのですが、妙な記号が並びます。新しい書き込みのタイトルはちゃんと日本語も英語も出るのですが、文字化けの理由はいまだ解決せず・・・

ワシントンDCの少し北、ボルチモアのロースクールで目下勉強中の娘が、日本語と英語で書いているブログです。日本の友人とアメリカの友人、それぞれとおしゃべりしている感覚の楽しい文章です。

日本で生まれ、5歳から家族と一緒にシカゴで6年間生活し、一旦京都に戻って3年後にまたシカゴの高校に進学。それ以降はずっとアメリカに住む娘です。日本語はほとんど使わない生活が続いていますが、本人がブログのトップに書いているように、日本語と英語、それぞれをとても自然に自分のものとしている ようです。

シカゴの生活を始める時、家族で一つの取り決めをしました。「家族同士、絶対に日本語だけで話すこと」。

英語が全くわからない7歳と5歳の息子と娘にとって、放り込まれた現地校での日々は、さぞかしストレスの多いものだったはずです。ですが、たとえ両親が英語を話すとしても、母語である日本語をしっかり残すのが、海外で子どもを育てる親の努(つと)め、そう思ったのです。

この取り決めで苦労したのは、実はおとなでした。ごく自然にカタカナ語を話してしまうと、「それ英語でしょ!」と子ども達からチェックが入ります。 「インターナショナルな感覚で・・・」なんて言うことはできず、「国際感覚」と言い換えなければ「おこられる」のでした。

アメリカの現地校では英語が話せない子ども達に、チューターがつき、特別に英語を教えてくれました。約1年後、我が家の子ども達の英語力がしっかりしてきたと、先生が面談の席でおっしゃいました。「あなたが教えているのでしょ?」と私に聞かれたのです。「我が家では日本語しか話しません」と答えると、先生は「本当ですか?」と聞き返されたのです。

一つの言語がしっかりすると、「次」の言葉が身につきます。母語がいかにしっかりしているか、それが基本です。母語で、十分に自分を表現できる能力がつけば、外国語でもちゃんと話すことができます。考える力がついていなければ、どんなに言葉を勉強しても、外国語は使い物にはなりません。

私自身、英語が話せるバイリンガルですが、母語である日本語の占める割合が大きく、どこまでいっても英語は外国語です。娘の場合は、二つの言語に全く差が なく、行ったり来たりがとても自然なのです。彼女の生い立ちや環境のなせる技ではありますが、娘自身が、日本語が好きで、日本語の世界を楽しめるからこそ、自然な日本語 が残っているのでしょう。

親として、子どもに「言葉」を伝えることができた、子育ての基本部分は成功したと思っている私です。後は本人次第・・・


PS:「タイトルの変更」をすればよかったのがわかりました。自分で正しいタイトルを打ち込めばいいのです。疑問が解けました。

2009年4月9日木曜日

開けてよ!!!

素晴らしいお天気が続く毎日
Chuckの庭遊びも本格的になりました

好き勝手に遊び回るChuck
「入っておいで」と声をかけても、知らん顔
ちょっとのぞいては、またさっさと庭に・・・

言うこときかないChuck
ガラス戸を閉めておきました

開けてよ・・・入れてよ・・・

本当に入ってくる????

2009年4月8日水曜日

京都・京都・京都

桜が咲くと、なぜ京都はこんなに混むのでしょうか?京都駅のバス乗り場、延々と人の列が続きます。週末はもちろん、ウィークデーも「よそ車」や「よそバス」が街中にあふれます。

今週のNHKラジオの朝の番組、ラジオビタミンのお便りテーマも「京都」です。各地のリスナーの京都の思い出、京都への「想い」の投稿が続々紹介されています。

京都って何なんでしょうね。

月曜日のゲストスピーカー、大文字のふもと、鹿ヶ谷(ししがたに)法然院(ほうねんいん)貫主(かんじゅ)、梶田真章(かじたしんしょう)氏の言葉。

「常に新しいものを追い求めているのが東京。京都は長い年月(としつき)、季節ごとの年中行事を守りながら、繰り返すことに意味があり、それが暮らしそのものであることを伝えている」

桜の名所は全国各地にあるでしょうが、毎年必ず京都のどこかの桜が全国に中継されています。そしてたくさんの方々が「そうだ、京都へ行こう」というJRのキャッチコピーそのままに京都を訪れてくださるのです。

京都・京都・京都・・・・京都在住でありながら、立ち居(たちい)振る舞い、話すことば、全てに京都的ではない私が、改めて京都の良さを考える季節、それが桜の4月なのかもしれません。


PS:貫主の読み方、私はなぜか「かんす」と信じていました。念のため、母に「これどう読むの」と聞いてみました。「かんじゅよ」。昔取った杵柄(きねづか)、お見事でした!

2009年4月7日火曜日

桜渋滞














出町柳から高野川沿いに北上
いつもなら4,5分で北大路通りまで
桜渋滞で約15分
ゆったりがうれしい今日の渋滞

桜が一輪、フロントガラスに・・・

船頭さん

日本のホスピス運動の先駆者、淀川キリスト教病院の元院長、柏木哲夫(かしわぎてつお)先生の講演の中で、「ホスピスで働くスタッフは、あちらの世界に向かう渡し船の船頭(せんどう)なのです。“私達もあとから参ります”という気持ちを持って、患者さんを向こう岸にお送りするのです。」

先生のこの講演を聞いたのは、もう20年近く前のことだと思います。まだ「ホスピスって何?」という雰囲気のあった頃です。現在「緩和ケア」と表現される医療が「ターミナルケア」と呼ばれ、各地の駅前の「ターミナルホテル」からたくさんのクレームがついていた頃です。

1985年に父が亡くなり、父の最晩年の日々がホスピスのような場所で過ごせていたら・・・という気持ちが、私のホスピスや緩和ケアへの興味の原点となりました。当時柏木先生の講演会を「おたく」のように追っかけたものです。

そんな私にとって、思いがけない経験が通訳の現場でありました。京都府立医科大学での緩和医療研究セミナーでのことです。(90年代半ばだったと思うのですが、何年だったか失念してしまっています・・・)

オーストラリア人の先生が講師になって、日本の緩和ケア専門家が集まる小さな会議。出席者は20人足らず。全員が英語ができるけれど、ややこしくなりそうだったら通訳してください、そう頼まれたのです。

私にとっては「願ってもない現場」です。緩和ケアのプロに会えるのです。が、当日「看護婦さんのお二人が全く英語がわかりませんので全部を通訳してくれますか?」と担当者から言われ、そんな!!!と一瞬目の前が真っ暗に・・・

あれこれ文献は読んでいたものの、医療や緩和ケアに関して、万全の自信があっての通訳ではありません。その場から逃げ出したい気持ちになったのを覚えています。

講師の先生は、オーストラリアなまりも少なく、わかりやすい英語で、通訳のことを考慮した話し方でしたし、日本語のディスカッションを先生の耳元で小声で訳していく「ウィスパリング」もそれなりにこなせていました。そんな中で私は「society」の訳を間違ってしまいました。何の気なしに「社会」と訳してしまいましたが、この場合は「学会」です。知識のなさを露呈(ろてい)してしまった私ですが、そこでそっと「助け船」を出してくださったのが柏木先生でした。

長テーブルが「口」の字の形に並べてあった会場で、通訳の私の横に柏木先生が座っていらっしゃったのです。

「それは学会のことですよ・・・」

私にだけ聞こえる静かな、それでいて、絶妙なタイミングのアドバイスでした。

私のミスを咎(とが)めるような雰囲気は全くなく(この程度の単語も知らないのか・・・英語のわかる人は通訳に対してそういう態度を取られるものです)、言葉がスムースにつながるように、ごく自然に言葉を出してくださったのです。

緊張の一日が終わったあと、改めて、この文頭の柏木先生の言葉を思い出していた私です。

柏木先生のような方も「おくりびと」の一人なのでしょうね。人に対しての大きな大きなやさしさを持っている方、そんな方に直接出会えた私の貴重な経験でした。

2009年4月6日月曜日

静かな桜


京都は人であふれる桜の季節
哲学の道など、人でごったがえした昨日の日曜日

静かな疏水(そすい)べりの桜
見る人は少なくても、毎年すばらしく咲いています

2009年4月5日日曜日

「岩手のため」

先日終了した選抜高校野球の準優勝校、花巻東高校の選手たちは、今大会、勝つたびに「次も岩手のために勝つ」と口にしていた、と新聞記事で読みました。昨年まで選抜大会は47都道府県でワースト2位の4勝13敗の結果だったそうです。

全国各地から優秀な野球少年が集まる有名校と違って、この花巻東高校の選手は全員が岩手県出身。今まで「弱小」と言われ続けた岩手の高校として「なにくそ」の反骨精神が今回の躍進の原因だったようです。

優勝は長崎の青峰(せいほう)高校、こちらも公立高校で、県内の生徒だけのチーム。甲子園常連の有名校が、強さを発揮して勝ち進むのもいいのですが、今回のように、地元に根ざしたチームがドンドン勝っていくのを見るのは、うれしいものです。

岩手県には、まだ一度も行ったことのない私ですが、知人の元留学生がお医者さんとして赴任していて、昨年の6月15日のブログ水沢江刺で書いた、娘たちの岩手・宮城内陸地震の遭遇体験も含めて、少なからず関心のある場所なのです。

地元を代表する高校野球、京都の高校だけでなく、何となくご縁のある県は応援したくなる私です。それが高校野球のいいところ。さて、夏はどこを応援したくなるのかな。

2009年4月4日土曜日

英語は苦手?

「英語が苦手だから理数系に進んでのですが・・・」と言う会社員。社内の書類やメールは英語ばかり。海外の支店や工場とのやりとりに英語は必需品。出張費が削られる中、インターネット経由のテレビ会議も、もちろん英語。

シンガポール工場の社員がインドなまりの強い英語で言いました。「About 13 parts should be replaced.」「38?」日本人社員が聞き返します。「No, one-three.」という言葉で、やっと数字が13であることを確認。先日のNHKクローズアップ現代で放映されていた一コマです。

以前は商社に任せていた仕事も、現在はそれぞれの会社の社員が英語を使って、直接海外とのやりとりをしなくてはいけないのですから、「英語が苦手です・・・」「英語はちょっと・・・」なんてことは全く通用しなくなっているようです。

完璧主義者の多い日本人は、「正しく話す」ことを目標としていしまって、ついつい言葉が出なくなってしまうのですが、関西弁で言うと「通じてなんぼ」の感覚で、まず話すことが一番。知っている単語を並べているだけでも、その状況を理解している相手には、何が言いたいのかわかってもらえるはず。

サンディエゴでの学生時代、佐世保出身の友人がいました。ある時、彼は英語が下手だとアメリカ人にからかわれ、「僕は外国語を話しているんだ!おまえたちも 日本語をしゃべってみろ!!」と、ぶつ切りのセンテンスで怒鳴ったのです。彼の剣幕(けんまく)に、ひやかしたアメリカ人はただただ「I'm sorry.」と言うばかり。

そうなんですよね。ネイティブと同じに話さなきゃ、なんてことを目標にするのは、ちょっと的(まと)はずれ。まず自分の言いたいことをはっきりと伝えることです。

自己流で話しても結構通じるのですが、このブログの自己紹介にも「フリーランスの英語教師」と書いている私としては、基礎の訓練、特に音声訓練を受けてから、英語の「荒波」に飛び込んでいただきたいなと思います。

救命胴衣をつけている方が、生き延びる可能性も高くなるはずですものね・・・

2009年4月3日金曜日

あ~ぁ・・・














4月1日午後からの強い風と夜の雨
2日朝、桜の大きな枝が折れているのを発見

近くの三宅八幡(みやけはちまん)の参道沿いにある桜の古木
せっかく一杯ついたつぼみも開くことなく・・・

あ~ぁ・・・・です

2009年4月2日木曜日

運動場


先日初めて「お泊まり保育」を経験したChuck
夜もいい子でちゃんと寝ていたそうです

ぼちぼち散歩にも慣れさせて、庭でもしっかり遊ばせてください、とトリマーさんからのアドバイス。

・・・でもリビングではちゃんと「一人」で遊んでくれるChuck
大きなソファーを我が物顔に飛び跳ねて、上手な「一人遊び」が続きます

ちびのChuckの大きな運動場
しっかり遊んでね!
落とし物はなしでね・・・

2009年4月1日水曜日

お加減は?

私達は知り合いの人が体調を崩したと聞いたあと、その人を見かけたり、電話で話すことがあると、「お加減はいかがですか?」と尋ねます。もう大丈夫かな、と思う気持ちが自然に言葉になってくるはずです。

若 くして認知症を発症した、若年認知症の人たちは、自分たちはその「気遣い」の言葉がかけてもらえない、と訴えるそうです。認知症となった母との会話のすれ 違いがどうしても納得できないで、イライラする私ですが、まだまだ元気なはずの壮年期の認知症の人に、どのように話しかけていいのか、それは年配の 認知症の人に対するよりも難しいことなのかもしれません。

認知症の人にいつも接しているデイサービスの職員さんたちですら、そういう若年認知症の 人へ充分な話しかけができていないそうです。せっかくデイサービスに行ってもも、ほとんど誰とも会話がなく、年配の利用者の中で、ただ時間を過 ごしているだけ、そんな若年認知症患者の姿があるようです。

「普通に接して欲しい」というのが、患者さんたちの希望です。認知症は「忘れる病気」だから、忘れることは増えるけれど、それ以外は、「普通」の人として接して欲しいのです。

人は社会との関わりがなくなると、自分の殻に閉じこもりがちになります。社会とつながっているという自覚や認識がある限り、 そして自分が何かの役に立っているという気持ちがある限り、そこにはっきりした「生きがい」や「目的」が生まれてくるのだと思います。

高齢者、若年を問わず、認知症を患う人が、自分たちができることをゆっくりこなしていくのを、しっかりと受け止められる社会となればいいですね。そんな社会は、認知症の人だけでなく、障害を持つ人にも、そして私達全てにも、心地よい、住みやすい社会のはずです。

世の中のテンポに合わせて急ぐだけがいいわけじゃなし、ゆっくりと歩みを進めると、見えることが一杯あるはずです。

母がショートステイで留守の日々、「こうすればいいのだな」と冷静に色々考えられる私です。ただ、介護再開となると、それが大変なのも十分承知ですが・・・