2009年7月31日金曜日

あのね

「あのね」は朝日新聞の投稿欄
こどもたちのつぶやき
文庫本になったものを購入
パラパラとページをくって、楽しんでいます


4歳になった娘の誕生日。母が「おおきくなったねぇ、あっというまにお嫁にいっちゃうかな」とつぶやくと、「だいじょうぶ すぐに帰ってくるから」 (4歳)


父の転勤で他県へ引っ越した。布団の中でこっそりと、「おとうさん 会社で 新しいともだち できた?」 (5歳)


「いい夢見ちゃった」と言う母に、「みせて!」 (3歳)


親類の家の2階から喜々として下りてきた。「目の回る地図があったよ」 初めて見る地球儀だった。 (4歳)


ストッキングを脱いだ母を見て、「皮まで ぬいだの?」 (3歳)


腹痛の母の背中をなでながら、「大丈夫だよ 僕は学校で 生き物係なんだ」  (7歳)

2009年7月30日木曜日

母とラグビー

母が一番好きだったスポーツはラグビーでした。毎年、お正月はラグビーの試合が多いので、テレビの前にくぎ付けでした。

母の世代は、ラグビーが盛んだったようです。もちろん、試合をするのは男性ですが・・・病弱だった父も、病気になる前にはラグビーをしていたようです。

ずっと昔、私が英語を教えていた男性達は社会人ラガーでした。母は彼らを捕まえて、新しいルールのことなどを聞いていたものでした。試合を見ていても「オフサイド」など、ルールがちゃんとわかっていた母でした。

いつのことだかはっきりしないのですが、私が小さいとき、大阪の花園ラグビー場に父母と行ったことがあるのです。ニュージーランドのオールブラックスの試合だったはずです。京都から随分遠かったように思います。

父母の間に座った私が一番覚えているのは、父母が同時に立ち上がって大騒ぎをした情景です。多分、日本チームがトライをあげたのでしょう。私は全くわかりませんでしたが・・・

私の数少ない、両親と一緒に出かけた思い出です。オールブラックスの試合前の「ワークライ」をはっきりと覚えています。相手を威嚇(いかく)し、仲間の気持ちを高める勇壮なかけ声と動きです。

ボールを蹴るサッカーは「おもしろくない」。防具をつけるアメリカンフットボールは「男らしくない」。「やっぱりラグビーよ」と言っていた母です。

2019年のラグビーワールドカップが日本で開催されるとか。それまでに、世界に通用する、強い日本チームができるのでしょうか?母が興奮して応援するようなチームが・・・


PS: "Haka"(War Cry) by All Blacks @ New Zealand
   このページには、オールブラックスのWar Cryの詳細がありました。
   ページの下にある「HAKAの動画」をクリックしてください。
   本物のWar Cryの動画です。

2009年7月29日水曜日

Chuckの公園デビュー

公園でモカ色のプードルと顔合わせ
遊ぼうよ・・・とじゃれてくるのに
腰が引けているChuckです


公園を一周回ってきたら、
白いプードルも登場
Chuckは遠くから眺めるだけ

Chuckの公園デビュー
気後(おく)れChuck

2009年7月28日火曜日

ボサノバはどこに

今年の甲子園。京都の代表は6年ぶりの平安高校。30回目の出場。龍谷大平安高校と名前が変ってから初めての出場。

数日前のこと。高校野 球の京都大会のラジオの実況中継。ラジオを一旦消して他の用事をしてから、またスイッチを入れると、アストラッド・ジルベルトの聞き慣れたボサノバが流れ てきました。急に大雨が降ってきたので「時間つぶし」の放送でした。しばらくすると「降雨順延となりました」というアナウンサーの声。

ボサノバは現在、本場のブラジルではほとんど聞こえてこない音楽だと、「特派員メモ」にありました。

50年ほど前にリオデジャネイロで生まれたとされるボサノバ。「気取った“輸出品”みたいだから人気がない」と言うブラジル人がいるとか。サンバは庶民から生まれた音楽。それに対して、大学出の音楽家が作ったインテリのものという感じだそうです。

陽気なサンバが大好きなブラジルの人たち。ゆったりしたボサノバが根強い人気の日本。それぞれの好みが違うようです。

最初にアストラッド・ジルベルトの歌を聞いた時、「これなら私も歌える!」と思ったのですが、案外難しい。あの「けだるさ」はなかなか出るものではありませんね。

YouTube - アストラッド・ジルベルト - イパネマの娘

60年代でしょうか。ジルベルトが若い!!

2009年7月27日月曜日

ボール二つで

お手元にボールが二つありますか?テニスボール、野球のボール、何でもいいと思います。

一つのボールの上に、もう一つのせてみてください。めったに成功しないようですが・・・

全国各地、例年になく雨の影響を受けてはいるものの、夏の高校野球の地方予選たけなわのこの季節。京都の花園高校の部員が、試合前にベンチの前に並んで、「ボール重ね」をやっている写真が新聞にありました。集中力を高めるための訓練だそうです。

トー ナメント試合は、一つ負ければおしまい。気持ちをいかに冷静に保ち、集中力を持ち続けるかが大切なのは、言うまでもなし。試合前に、こころを落ち着けるた めにも、「ボール重ね」は意味があるようです。この「儀式」をするようになってから、「打撃のとき、球がよく見えるようになった」という選手が出てきたと か。

私たち一人一人も自分自身の「ボール重ね」を工夫するといいでしょうね。もちろん、深呼吸を忘れないで・・・

2009年7月26日日曜日

こちらからどうぞ・・・







浄瑠璃寺の山門
数段の階段あり

門の手前にあった標識

「こちらからどうぞ・・・」

小さな乳母車の絵も

2009年7月25日土曜日

後の祭り

後(あと)の祭り:祭礼の翌日、時機をはずすこと、時機におくれること

こ のことば、祇園祭にルーツがあるそうです。現在は7月17日に山鉾巡行が行われますが、もともとは17日の前祭と24日の後祭に分かれていたのです。有名 な鉾は前祭にでていることから、見逃したことを残念がって言ったのが始まりとか。昭和41年(1966年)に巡行が一つになりましたから、祇園祭で「後の 祭り」はもうなくなりましたが・・・


この他にも、京都の土地や文化から生まれたことばの受け売りを少々。

醍醐味(だいごみ):醍醐寺に湧く清水のおいしさを言ったことば。物事の本当のおもしろさ、深い味わいの意味。醍醐とは最上の滋味、もしくは仏陀(ぶっだ)の最上の教えという意味もある。

埒(らち)があかない: 埒とは馬場の周囲に設けた柵のこと。上賀茂神社で「賀茂競馬(くらべうま)」が終わると埒があけられ(撤去され)、その以降、賀茂祭(葵祭)を迎える神事 が次々に始まることから、本来「埒があく」は、道理良く物事が進むさまを表現。現在では「埒があかない」という言い方をよく使い、物事が進まない様子を表 す。

清水の舞台から飛び降りる:思い切って大きな決断を下す。江戸時代には233人が舞台から飛び降りたという記録が残っているとか。いのちをかけた願掛けであったようです。

山紫水明(さんしすいめい):山や川の景色が美しいこと。漢学者、頼山陽(らいさんよう)が、自宅の庭に建てた書斎に名付けた名前。1828年に建てられたこの書斎が、丸太町橋西詰めを北へ上がった住宅街の中に残っているとか。


何気なく使っていることば。京都にルーツのあることばをより身近に感じます。

2009年7月24日金曜日

Happy Birthday, Chuck!

昨日の朝、玄関のキンコーン
「おはようございます!」とChuckのトリマーさんの声

Chuckと「二人」で出て行くと
「Chuck、お誕生日おめでとう。遅くなってごめんね!」




ショートケーキとバナナロールのプレゼント
くわえると、キュッツキュッツと鳴るケーキです


先代のクッキーもお世話になったトリマーさん
Chuckを見つけてきてくださったトリマーさん
これからもよろしくおねがいします

2009年7月23日木曜日

朝の15分

ラジオ派の私が毎朝見るテレビ。8時から8時15分、NHK教育のにほんごであそぼピタゴラスイッチ(ミニ)。

母の洗面と着替えを手伝いながら、目はテレビに・・・

日本語の「名文」や「はやくちことば」などを子ども達がしゃべる様子や、動きに合わせた口上(こうじょう)が楽しいのです。

先日、コニシキと子ども達が「いろはにほへと・・・」と唱えていました。途中から、リズムやメロディーが変わってハワイアンに。最後はみんなで「いろは~」(アロハ~の口調で)。

続いてのピタゴラスイッチ(ミニ)も大好きです。ボールがコロコロ転がる画面からは目が離せません。母のことはほったらかしです。

幼い時に、意味がわからないままでも、日本語の名文を覚えてしまう子ども達は、日本語の基本のリズムを身につけることができるはず。

昔、わが家の子ども達も小林一茶の俳句を覚えていました。五七五の韻(いん)を踏む日本語がスッと身体にしみていれば、ずっと日本人でいられるのでは・・・そんな気持ちがあった私です。

平日の朝、私の15分の楽しみ。


PS:昨日の日食、空一面厚い雲に覆われ、「三日月太陽」を見ることはできませんでした。26年後を楽しみに・・・!?わが家のけやきで、11時50分頃、急にせみが鳴き出しました。

2009年7月22日水曜日

緑のトマト

連日トマトと格闘しています。割れトマトをくださった上賀茂の農家。無農薬のトマトに虫がついてしまい、今年は早めにトマトの栽培が終了。木にある実は全て収穫となり、そのおすそ分けを「いっぱい」いただいたという次第。

赤いトマトは、前回と同じようにトマトソースに。皮が痛んでいるのも多かったので、今回は湯むきをしてからの作業。これに結構時間がかかりました。

緑のトマトも一杯あります。緑色トマトが素敵!で輪切りをソテーする方法を見て、さっそく晩ご飯にトライ。おいしかったですよ。塩こしょうの味だけで食べました。トマトというより、違う野菜の感触でした。

青いトマト(桃太郎トマト)のページで見たジャムにも挑戦。そのままざく切りにして作ったのですが、やはり皮が気になります。丸のまま加熱して皮をむいてから、小さく切って煮込むのが正解でしょうか。

どこかにほんのりトマトの味がする・・・ぐらいです。写真写りはもう一つですが、甘さを控えた味はヨーグルトにはぴったりです。

信号と同じで「緑のトマト」を「青いトマト」と呼ぶ人もあり。まだ熟(う)れていない実の色は緑でも、若いという意味では「青春」の青なんですね。日本語ってややこしいこと。

雨が続くこの頃。台所にいる時間が長い私。

2009年7月21日火曜日

ことばの響き

今日の午後から夕方にかけて、何度ラジオのスイッチを消したことでしょうか。

「国民のために・・」ということばの響きの何とうつろなこと。

自分達のことしか考えていない政治家達の「ばんざい」の声など全く聞きたくありません。

「国の将来のために」と本気が伝わってくる「ことばの響き」を政治家から聞くことはできないのでしょうか。

とちらないように、妙な抑揚のついた日本語はもう結構です。

日本の将来に夢を感じさせてくれる政治家は、どこにいるのですか?

下手な英語

アメリカの大学生だった頃、英語のクラスで文章作成に四苦八苦していた頃、私の英語を「英語だね」という評価をしてくださった先生がありました。

その意味がすぐにはわからなかったのですが、先生の説明によると、英語を母国語としない人、特にアジア人は、英語の単語を使って母国語を書く(話す)ことが多い、とのことでした。私の英語が日本人としては「まし」ということだったようです。

英語を書いたり、話したり、自分から発信するためには、正しい英語を絶えず勉強していなければいけないと思います。単語をどれだけ知っているか、それを正しく組み合わせられるか、「これで勉強は終わり」なんていうことは絶対にない作業が続きます。

ですが・・・

英 語が国際語となった現在、世界中の人が英語を共通語として使うようになり、「下手な英語」でのやりとりが多くなっているのも事実です。英語的ではない発想 で綴(つづ)られる英語が「ノン・ネイティブ」にはかえってわかりやすかったりするのです。英語の単語だけを並べる会話でも、下手同士、気持ちが素直に通 じる状況もあるはずです。

自分の伝えたいことを、まず英語にのせてみる、それが大切です。「ネイティブじゃないから、間違うけどね」と割り切ることも必要です。

下手な英語でも良し。でもよりよい英語を目指す努力は忘れず。このさじ加減がなかなか難しいところ。道はどこまでも続いていくようです。

2009年7月20日月曜日

Chuck満一歳

緑一杯の庭
まぶしい日差しの中のChuck



ちょっと理知的?今日で満一歳です。
画像を追加

2009年7月19日日曜日

「正座と日本人」

「正座と日本人」。本のタイトルです。新聞の書評でよみました。

医学博士の丁宗鐵氏が正座の歴史、文化、医学的意味などを丹念に調べた本とのこと。

古来、日本人は正座はせず、立てひざやあぐらが正式な座りかたで、正座が一般化するのは明治以降だそうです。茶道を始めた千利休が正座をしていなかったとありますが、どんな形でお手前をしたのでしょうか?想像しにくいのですが・・・

明治政府が「近代日本人の形成のため」に「自己を律する武士道の象徴として」の正座を、教育として広めたという解説も、興味あることです。ただ、その結果、正座の習慣がない朝鮮や中国を蔑視(べっし)するようになった不幸な現実が生じたのです。

こ の正座、膝の関節を可動域一杯に折りたたみます。関節である以上、最大限に動かしておくことはとても大切です。現代のいす中心の生活では、正座の時に比べ て関節の動きは半分ぐらいしかないのですから、年とともに膝の動きが悪くなる人が増えるのも仕方ないことかもしれません。

正座をすると、背骨がピンと伸び、脳の血流を改善し、認知症やメタボリック症候群を防ぐ効果があるそうです。お医者さんが書かれたこの本をしっかり読んでみたくなりました。

ここ4,5年で、1時間ぐらいなら正座ができるようになってきた私ですが、自分を律して、日本人としてのこころを養ってきているのでしょうか。これはちょっと疑問・・・

2009年7月18日土曜日

ごちそう


昨日の金曜日、母を病院に連れていきました。2週間から3週間に一度のチェックアップです。朝ごはんのあと、一旦ベッドで休んでトロトロしてから、ゆっくりペースで出かけました。

長年母がお世話になった病院です。玄関に理事長さんが偶然立っていらっしゃいました。「おはようございます」と声をかけてくださった理事長さんに、「あら、ここにいるの?」とはっきり答えた母です。スイッチがしっかりオンになっていたようです。

チェックアップは、いつものように全く問題なし。ちぐはぐではありますが、先生との「会話」もそれなりに・・・

祇園祭の山鉾巡行の日だった昨日のお昼は特別な食事。理事長さんが、「せっかくですから、食べていらっしゃい」と誘ってくださいました。11時過ぎに病院に出かけたのは偶然とはいえ、最高のタイミング!私もお相伴(しょうばん)。(ラッキー!)

涼しげなガラスの器にすてきなご馳走がならびます。何でも食べる母です。お椀(わん)の中の「うおぞうめん」(魚素麺)もペロリ。急なお誘いで、エプロンもかけていませんでしたが、昨日は全く落とすこともなくたいらげました。見ている私が感心するほど。

思いがけない「ごちそう」を、気持ちもシャンとしていただいた母でした。

2009年7月17日金曜日

92歳のメッセージ

92歳になられた秋山ちえ子さんの生のお声を聞きました。
40年以上も読み続けた「かわいそうなぞう」の朗読も聞きました。

数年前に比べると、確かにお声のトーンは下がりましたが、
明確な話しぶり、はっきりとご自身の意見を伝える秋山さんは健在でした。

「戦争でもめごとを解決しない」
「置き去りにされる人のいない社会」

この二つを、ラジオ放送に関わって60年以上言い続けている秋山さん。
戦争を知る世代として、平和を語り続けた日々。

伝えるものがしっかりあるからこそ、淡々とした読みの中から大きなメッセージが伝わってきます。

秋山ちえ子 : 語り継がれる平和へのメッセージ「かわいそうなぞう」

2009年7月16日木曜日

7月のあじさい

他の花が枯れかかった今どきに咲く
我が家のあじさい一つ
どこにも「おくて」がいるようで・・・


ご近所のあじさいも「枯れた色合い」
今年も楽しませてくれてありがとう

2009年7月15日水曜日

夕方のハプニング


最高気温が35度になった昨日の京都。夕方のChuckの散歩の時間になっても太陽はまだギラギラ。少し薄暗くなった7時過ぎになってから出かけました。

いつもの道をいつものように歩いて、公園の横まで来たとき、リードが身体にからまりました。それを直そうとかがんだ私。その時、犬の鳴き声にびっくりしたChuck、急に走り出してしまいました。

ものすごい速さでした。庭を走るChuckのスピードは知っていましたが、目にも止まらぬ速さで、Chuckの姿が消えてしまいました。

大声で名前を呼び、私もあとを追いかけて走りましたが、すぐにギブアップ。全速力で走るのは、3年前の町内会の運動会以来。30メートルも走れませんでした。Chuckはわが家の方向に走って行きました。とにかく早く戻らなきゃ!車が来たら万事休す!!

やっとのことでわが家まで戻ると、門の前にChuckの姿がありました。

何がこわかったのか。なんであんなにすごい勢いで走ったのか。なにも話してくれないChuckです。自分でも驚いたことでしょうが、庭に入ると、いつものように、軽快にベランダに走って行ったChuckでした。

夕方のハプニング。無事でなにより。これからは気をつけなきゃ・・・

2009年7月14日火曜日

登校しぶり

NHKの電話相談を聞いていて、「登校しぶり」ということばが出てきました。登校拒否になる前のこどもたちを指しているようです。朝学校に行こうとすると、おなかや頭が痛くなる。下痢になるなど、身体が反応してしまう状態だそうです。

我が家でもこの「登校しぶり」を経験しました。6年ぶりに日本に戻ってきた時、息子は中学2年生、娘は小学5年生でした。ほぼ毎日、元気に学校に通っていたのですが、娘が時々、この「登校しぶり」状態になりました。

「お母さん・・・」と元気のない声の朝、「今日は頭痛(あたまいた)?それともおなか?」と娘に聞いた私です。「うーんと、頭かな」ということになると、学校に欠席の電話をかけます。

ア メリカから日本に戻って、あれこれ戸惑うことが多い日々。身体が拒否するのは当然だと思っていました。半日、ゆっくりすると、ケロッと元気になる娘でし た。翌日、「昨日は頭が痛かったんだからね」と念を押して送り出します。つまり「口裏(くちうら)を合わしておかないと」という親心(?)でした。

我 が家では、この「登校しぶり」状態を「東京コーヒー」と呼んでいました。本人は行きたいのに行けないのですから、登校拒否ではちょっとね、と思っていまし た。何度か「登校拒否」ということばを口にしていて、何となく口から出てきた「東京コーヒー」。これが我が家の「符丁」(ふちょう)となりました。

数ヶ月で娘の「東京コーヒー」も終息。日本の公立学校のペースにすっかり慣れて、身体の拒否がなくなったようでした。

ア メリカに行った直後、小学校1年のクラスにいた息子もこの東京コーヒーになっていたことがありました。「学校に行きたいんだよ。でも身体が起きない の・・・」と言っていた息子です。無理もありません。全くわからない英語で一日過ごすのです、そのストレスはおとなの想像以上のものだったはずです。

おとなになってからも娘のメールにはと時々「東京コーヒーしたいよ」とありました。そうですよね、仕事に行きたくない日もありますよね。

あるがまま、無理をしないで・・・でもがんばって、みんな仕事や勉強を続けています。

登校拒否児童や生徒の数が増え続ける現在。こどもたちに「無理しなくてもいいよ」と声をかけてあげたい私です。

2009年7月13日月曜日

トマトソース

まっかな「割れトマト」、上賀茂のトマトです
友人経由で格安・・というよりほぼ値段なしでこんなにいただきました



このトマトを皮のままざく切り、ミキサーにかけて、ざるで漉(こ)します
直径28センチのお鍋に一杯になりました



コトコトひたすら煮込みます、これは2時間後



3時間以上たってやっとここまで



このトマトソース、便利なんですよ。軽く塩こしょうをしてパスタにからめるだけでおいしいし、ピッツアのソースとしても最高。去年、NHKのためしてガッテンで仕入れたレシピ。時間はかかりますが、完熟のトマトが手に入ったら、ぜひお試しください。

2009年7月12日日曜日

一人で歩けば・・・

「一人で歩けば徘徊(はいかい)。二人なら散歩。みんなで歩けばパトロール」

すてきなことばに出会いました。

三重県桑名市の認知症グループホーム「ひかりの里」の高齢者と保育園児が一緒に町を「パトロール」して、犯罪件数減少に役だっているのだそうです。

「認知症患者の社会活動」という記事の中にあったエピソードです。

「認知症の人に役割を持ってもらうと自信を取り戻せる。病気の特徴でもある“繰り返し”が子どものしつけになったり、当を得ない対応が(かえって)相手の気持ちを和(やわ)らげる」ことになるのだそうです。

認知症を患(わずら)っても、まだ体力のある若年性認知症患者たちが、ボランティアで保育園の掃除をする「仕事」で生き生きしているという例も紹介されていました。「園児や職員からの“ありがとう”が励みになる」のです。

自身は判断力が衰えていても、そして食事やトイレにも介助が必要になっていても、自分が役に立っているという満足感は、病気の進行も遅らせる可能性があるようです。

表面に表れる「症状」で私たちは判断してしまうのですが、それぞれの人が持つ能力・可能性はとても大きいのです。「普通のスピード」ではなくても、ゆっくりすれば、すばらしい能力が発揮できるのかもしれません。

母と一緒にいる時は時計の秒針は三倍ぐらいゆっくり進みます。私の中でそう切り替えることができるようになってから、私自身がとても楽になりました。

早いだけが能力ではありませんものね。

2009年7月11日土曜日

Chuckの夏姿


一回のカットでここまで姿が変わるのです、Chuckは。

今回は初めての夏を過ごすために短く刈り込んだカットです。

頭でっかちで、腰がメチャクチャ細い、別の生き物となりました。

何だかおかしくて、笑ってしまう私です。

Chuckごめんね、でもおかしい・・・

2009年7月10日金曜日

顔文字

キーボードで「顔文字」と入力すると、こんなに一杯出てきました。

(^_^;)  m(_ _)m  (^o^)  (>_<)  (^_^) 

(^^)  (*^_^*)   (^^;)   <(_ _)>  (T_T) 

(^^)/  (^_-)  (^_^)v  (-_-)


受信したメールの中に、こんな複雑な「顔」がありました。

丿〃〃ヽ 
 - -| 
 ⌒o⌒|)
  ー 丿  
  --  

:-)  :-(  これはアメリカで使われている顔文字。
       横向けなんですよね。最初は??でした


(・っ・)  これは私のオリジナル(かな?)偶然の産物。気に入ってます。


無味乾燥な記号が組み合わせで変身。
こころの内側をホンワカ伝えてくれるかな。

2009年7月9日木曜日

言い方を変えると

英語でガン患者さんは自分のことを "I have a cancer."と表現します。方(かた)や日本語は「私はガンです。」

単なる表現の違いなのですが、ガンに対する気持ちの持ち方も違うのではないでしょうか。英語では、私の中のある部分がガンになりました、でも私は私です、そういう気持ちがあるように感じます。

ことばは「単に」ことばなのですが、「されど」ことばです。言い方を変えるだけで、気持ちにも大きく影響するように思います。

ある方が「このごろ、何かと問題を多く抱えていて」と話されました。ごく普通の表現なのですが、何かひっかかった私です。

「抱えて」いるから「問題」なのではないかしら。抱えている腕を緩(ゆる)めて、問題を離せば、楽になるのに・・・

もちろんこれは傍観者の勝手なコメント。

でも硬く抱えていると、こころの余裕もなくなっているはずです。一瞬でもいいから、力を抜いて、深呼吸してほしいな。その方を見て思いました。

「毎日色々ありますが、元気に生活できるのがありがたいです。」

言い方を変えてみると、そのことばがやさしく自分のこころを包んでくれるのでは・・・

2009年7月8日水曜日

蓮の花


7月は蓮(はす)の花の季節
うっとうしい梅雨空にも
「おはよう」って咲き出します

先日出かけた宇治の三室戸寺にて

2009年7月7日火曜日

なに、これ?!

ソファーの上に「異物」を発見

「なに、これ?!」

Chuckが庭から何かを運んできてカミカミしたようです

写真をクリックして大きくしてみてください
私の大声を聞いて、Chuckがそーっと見ています
掃除機がひっくりかえり、本もごちゃごちゃ


Chuckのことを怒ってばかりいられない状況のようですが・・・

2009年7月6日月曜日

「ご注文のほうは・・・」

洋の東西を問わず、いずれの時代も、人はある年齢になると、若い人のことばや流行語に抵抗を感じるもののようです。

私自身は、京都に50年も住みながら、「京都弁はきらい」と言ったお江戸生まれの祖母に育てられ、小さい時から「ことばの違い」や「ニュアンス」を考えていた気がします。拒否反応を示すことばも「ある年齢」になる前から、結構多かったように思います。

「ご注文のほうは以上でよろしかったでしょうか?」と言われると、「はい、結構ですよ、でも“ほう”はいりません」と突っ込みたくなる気持ちがずっとありました。

同じ気持ちを書いた人を発見。作家の森まゆみさんの「いやはや語」めった斬りという文章です。

キザな業界語、丁寧そうで、本当はばかにしているのかと思う表現など、彼女のご不満は留(とど)まるところを知らず。

大上段に構えて、「みなさ~ん、正しい日本語を話しましょうね・・・」とは言いませんが、「そりゃないだろ」ということばには抵抗していたい私。

古来から日本ではことばは「言霊」(ことだま)といって、不思議な力や霊が宿っていると信じられていたのですもの。「こころして」「ことば」を使いたい、そう思います。

・・・と言いつつ、ブログの作文で一人で混乱している私。母国語でも学びは続きます。

2009年7月5日日曜日

攻めの養生法

「これまでの養生は、身体を労(いたわ)ったり、病気を治したりしながら天寿を全うするという、どちらかといういうと消極的な“守りの養生”でした。しか し、せっかくの養生も、死をもって終わりではつまりません。これからの養生は違います。私がいう養生とは、日々生命のエネルギーを高め続けて、死を迎える 日にそれが最高に達し、その勢いのまま死後の世界にズドーンと突入していくという、きわめて積極的な“攻めの養生”なのです。」

西洋医学に中国医療や気功、心理療法などを組み合わせたホリスティック医療を提唱する医師の帯津良一先生のことばです。1982年に設立の帯津三敬病院には、当初から気功の部屋が造られ、患者さんだけでなく、帯津先生ご自身を含め、病院関係者も毎日気功を勤務時間の中で実践しています。

帯津先生は、私たちが注目すべきは、器である身体、その「場」に満ちる生命そのもののエネルギーであり、この「場」こそ、自然治癒力と密接に関係する「生命場」であると呼びます。

そして、この生命場を通して、私たちは宇宙の広大な「いのち」のエネルギーにつながり、この生命場のエネルギーを高めることが「攻めの養生」だと説きます。


「攻めの養生」の実践方法として「食」「気」「心」の三つにポイントがあります。

  「食」の養生とは、季節感を大切にして、
     おいしいと思うものを心ときめかせて食べること。

  「気」の養生とは、姿勢・呼吸・心を整えること(調身・調息・調心)で、
     気功やヨガで体内の気の巡(めぐ)りを改善すること。

  「心」の養生とは、日々の心の持ち方の問題で、くよくよしないで、
     前向きな気持ちで心をときめかせること。


以下は具体的な実践例です

  1)いつも夢とときめきを持ち続けること

  2)エネルギーあふれる「場」に身を置き、
      生命エネルギーに満ちた人と交流する。

  3)気功、ヨガなど自分に合った健康法を実践する。

  4)喜びとともに、生きる悲しみも忘れない。

  5)できるだけ地場で採(と)れた旬(しゅん)のものを食べる。

  6)ときには、好きなものを少し食べる。

  7)無理のない範囲でできるだけ歩く。

  8)早寝早起きをして朝日を浴びると、エネルギーはさらに高まる。


一生達者(たっしゃ)で過ごすための「攻めの養生法」
というタイトルになっているこの文章。

「ただし、人間は本来、悲しくて心もとない存在でもあると心得ておくこと。そう最初に思っていれば、あとはどんな小さな希望の種からでも花が咲きます」と結ばれています。

あるがまま、無理をせず、自分にやさしく、ケセラセラ・・・

2009年7月4日土曜日

Mr. Tree



宝ヶ池の散歩の途中、Mr. Treeを見つけました

何度も歩いている池のほとりで、初めて気がつきました。

鼻筋の通った、スマートなMr. Treeです。

2009年7月3日金曜日

三次元の音

自分でも妙なタイトルだと思います。でもこのところ、このことばが私の頭の中から離れないのです。

娘がまだ幼稚園に通う前のこと。ピアノ のおけいこを始めました。バイオリンで有名な「スズキメソード」のピアノ指導が始まった頃でした。ピアノで音を出すおけいこをスタートする前に、先生から いただいたテープを家にいる時は、ずっと流していました。最初は「キラキラ星」のメロディーを色々なリズムで演奏した曲です。

あんまり しょっちゅう流しているものですから、家族みんなの頭の中にキラキラ星の曲が染(し)みついてしまいました。「うさぎがピョンピョン」とリズムにことばを つけたので、みんなの口から「うさぎがピョンピョン・うさぎがピョンピョン・・・」と出て来るようになりました。

バイオリンはメロディー 音を覚えるだけですが、ピアノはメロディーと伴奏、つまり両手の音を覚えなくてはなりません。二種類の音を覚えるなんて・・・と心配するのはおとなだけ。 子ども達はいとも簡単に覚えてしまいます。スズキメソードで育った子ども達は、まず「音ありき」の教育を受けるのです。

一方、私自身が受けたピアノのレッスンは、初期の「バイエル」「ブルグミュラー」から、どれも新しい曲の楽譜を読むことから始まりました。音符を正確に読み取って、それを曲に仕上げていく作業です。

これがとても「平面的」、つまり二次元の作業のような気がするのです。それに反して、娘が受けたトレーニングは三次元的な音作り。そう感じてしまう私です。

この三次元の音をしっかり身につけたのが、先日クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さん。目からの情報が全くない彼は、音そのものを聞いて曲を覚え、そして演奏していきます。まさしく、三次元の音そのものです。

楽譜には、音符だけでなく、音の強弱や表現方法など、種々の「指示」が書かれています。それを表現の手がかりとして練習します。でも辻井さんは、音そのものから、曲を感じ取り、自分の曲を奏(かな)でていきます。

連日、彼のCDに聞き惚(ほ)れている私です。

視覚は想像力を低下させる・・・と先日耳にしました。

目を閉じて辻井さんのピアノを聞くと、想像の世界が大きく広がるような気がする私です。


PS: 6月14日のブログにも辻井さんのことを書きました。心の目

2009年7月2日木曜日

Chuck利用法あれこれ




1)歓迎係 その1
  門から中に入ってきた人は、
  誰かれかまわず大歓迎
  犬が苦手な人でもおかまいなし
  次に人がくれば、「はい、次!」
  八方美人型歓迎係

2)歓迎係 その2
  外から戻った時、大声での歓迎
  ただし、スイッチが入ると即、ケージの中で「暴走状態」となることが難点

3)清掃係
  私が食べたヨーグルトの器をきれいに掃除・・・というよりなめ尽くすこと
  台所のカウンターにこぼれたヨーグルトも含む

4)コードレスアンカ
  冬場、膝のあたりが寒い時、のせておくのに便利
  体重2.6キロはあまり苦痛にならず
  ただし、しばらくは暴れて安定せず
  夏場は使用不可


何よりChuckがいるだけで、周りがホンワカするのが最大の利用法
時には大声でしかっていますけれどね・・・


PS: Chuckの写真をクリックしてくださると、Chuckの目がはっきり出てきます。全部が黒っぽいのですもの・・・

2009年7月1日水曜日

二週間ぶりに

二週間ぶりに母がデイケアに行きました。
10日間、ショートステイで留守でした。

梅雨のど真ん中。
月曜日にショートステイから我が家に戻ってくる時は大雨でした。
レインコートをかぶって、ヨチヨチ歩く母には厳しい雨でした。

でも昨日の火曜日は、雨に降られることもなく外出ができました。

二週間ぶりに「いらっしゃい。お待ちしていましたよ」と声を掛けてもらった母。
いい笑顔になります。
美容サービスの日だったので、伸びていた髪もすっきりカットしていただきました。
紙風船のバレーボールで楽しそうに遊んでいたそうです。

ちょっと疲れたようです。

母をゆっくり迎えてくださる、楽しい場所があって、ありがたいこと。
真夏になっても、ちょっとだけ「がんばって」通ってもらうことにします。