2011年1月31日月曜日

100歳を前にして

聖路加(せいろか)国際病院の名誉医院長、日野原重明(しげあき)先生。私は先生の追っかけをずっと続けています。何度も講演会に行きましたし、著書をたくさん読み、新聞でもお名前があると必ず目を通しています。

朝日新聞の土曜版beで連載中のコラムのタイトルには先生の年齢が入っています。今のタイトルは「99歳・私の証(あかし) あるがまま行く」です。

コラムの冒頭はこんな書き出しです:
「今年は、私が満100歳を迎える年です。これまでは2005年から14年までの10年日記に予定を書き込んでいましたが、このほど2011年から20年までの日記を購入しました。いま、14年以降の予定を記入しているところです。」

昨年末に、私も新しい10年日記を用意したことを書きました。10年日記にしようかどうかを迷ったとも書きました。日野原先生は10年日記には、その日の記録ではなく、これからの計画を書いらっしゃるようです。

5年ほど前だったでしょうか。京大での講演会で、「これから3年は予定が詰まっています。それ以降もやりたいプロジェクトは目白押しです。そのプロジェクトが実施できるように、私の本を買ってくださるとありがたいです」とおっしゃった日野原先生。当時も90台半ばだったはず。

どこまでも「将来」を見ていらっしゃる先生です。私たち一人一人も先生のように「前」を見て進んでいきたいものです。

2011年1月30日日曜日

雪の美山











京都府南丹市「美山」の雪灯籠(ゆきどうろう)
観光客がいっぱい
三脚を持ったカメラマンもいっぱい
ほぼ真っ暗になってからの高感度撮影です





こんな雪灯籠も

打ち上げ花火もありました
私は現場を見学した花火関係の客人の通訳
寒かった!

2011年1月29日土曜日

Thinking of you.

ずっと以前から海外に出かけると必ずカードショップをのぞいていた私です。英語の国ならいいのですが、他の言語だと、カードのデザインから推測して、気に入ったものを買ってきていました。誕生日カード、病気見舞いカード、お悔やみカード。今なら日本でも手に入りますが・・・

私がよく買っていたのは「Thinking of you」のカード。学生時代に何気なく出したら、「深く」感じてくれた男性がいて、ちょっと困ったことがありましたが、これは「どうしてる?」という意味で気楽に出すカードです。

誰かのことをフッと思い出した時、以前なら手紙かはがきか電話。そしてカード。今ならメールでいとも簡単に「ご機嫌うかがい」できますけれど。

母の旅立ちのあと、私に「Thinking of you」の気持ちを送ってくださった方々を含めて私から「Thinking of you」を伝えたい人がいっぱい。

「みなさん、いかがお過ごしですか?」

2011年1月28日金曜日

雪の公園で

なにやら人の気配・・・ではなかったけれど
公園のベンチに作品を発見


前日の夜に作ったのでしょうね
新しい雪をふわっとかぶったこの「人」
胸のところで手を組んでます


この女の人(のはず)
よく見ると、たばこをくわえています

雪の公園で見かけた二人
ひとときだけの芸術作品

白いバックに白い姿
ちょっと見にくい写真ですが・・・

2011年1月27日木曜日

ツルのマーク

サンディエゴの大学に通っていた「遠い昔」のこと。夏休みに友人二人とグレーハウンドバスでアメリカ国内を旅行をしました。飛行機で飛べば、西海岸から東海岸まで5時間ほどですが、バスの旅は丸3日かかります。グランドキャニオンにまず行って、そこから目指すはニューヨーク。2日半乗りっぱなし。(もちろん運転手さんは10時間ごとに交代します)。バスを降りてしばらくしても、身体が何やら細かく揺れているような、そんな感覚になっていました。

当時、ニューヨーク在住だった叔父一家と、いとこの家を行ったり来たりしながら、ニューヨークの滞在を楽しんでいました。そんな折、バケーションに出かけるいとこ夫妻をケネディ空港に送って行きました。そこで・・・

JALのツルのマークを見たのです。サンディエゴに行ってから、日本とのやりとりは手紙のみ。当時は電話を気楽にかける時代ではありませんでした。日本を思い出す間もなく、勉強に追われていた日々。そんなアメリカ生活の中で目にした「ツルのマーク」でした。

マークが涙でかすんでいくのがわかりました。ただただ涙が出てきたのです。

勉強は大変でも、それなりに毎日の生活を楽しんでいた私です。青春を謳歌(おうか)していた、とも言える時期。その私が「日本」を感じて涙していたのです。「帰りたい」と初めて思った一瞬でした。

このツルのマークが登場したのが1959年とありますから、JALはこのマークとともに世界に向けて羽ばたいたのです。当時の私のような外国に住む日本人にとって、日の丸にも似た、日本そのものを感じる懐かしい存在でした。

復活する「鶴丸」くんとともに、再建中のJALがまた大きく羽ばたきますように。

2011年1月26日水曜日

賀状の幸せ

「賀状の幸せ 大切にしたい」というタイトルの投書がありました。

「勝手ながら来年より賀状を欠礼させていただきます」という文面を見て、驚いたと書いてあります。年に一回のこととは言っても、毎年多くの年賀状を出すのは段々おっくうになるのは想像できます。母もある時期から、全く賀状を出さなくなりました。いただく枚数もドンドン減りました。

年を取るとともに、身の回りを整理して身軽になること。最近は「断捨離」(だんしゃり)とことばで言われることも多くなりました。不要なものを整理していくことの大切さ。それは誰もが感じていること。

ですが、この投書の著者はこう書きます:
「だが、長い年月をかけて培(つちか)った心のきずなまで断ち切るのは、いかがなものか。自然消滅ならいざ知らず、“もうこれっきり宣言”は何とも切なく寂しいのだ。かつて年に一度だけの交流を無意味に思ったこともあった。だが、今は年のせいか、それぞれの人に思いをはせながら賀状を書ける幸せを大切にしている。」

今年は賀状をいただいた方々には寒中見舞いで母の旅立ちをお知らせしました。暖かいお返事もたくさんいただきました。つながっていることの幸せを再確認した私です。

2011年1月25日火曜日

雪中散歩


雪はもう溶けたと思っていたのに・・・

凍った雪って足が痛いし滑るし・・・
でもがんばって散歩はするの
Chuck

(一週間ほど前の公園です)

2011年1月24日月曜日

中島みゆき

去年のカレンダーが12月に変わった直後、ケアマネージャーさんにお願いごとをしました。2011年1月22日土曜日、母の晩ご飯のヘルパーさん派遣です。

1月末の私の誕生日、去年はクラシックのコンサートを自分にプレゼントしました。今年は、1月30日が誕生日の友人を誘って、「プレゼント交換」に切符を買うことにしたのです。夜出かけるためには、ヘルパーさんの手配が・・・でしたが22日は、時間を気にしない、ゆっくりした外出の日となりました。

中島みゆきのコンサートがびわこホールであるのを発見したのは去年の9月末。インターネット予約の日、受付時間スタート直後に登録して気がついたのですが、「先着順」ではありませんでした。「抽選」の権利獲得の登録だったのです。

無事(?)抽選に当たって、入金依頼連絡が来たのが、10月末。それから送金して、やっと切符が手元に届いたのは、もうすぐ12月という頃。

こんな手順を踏んで手に入れた切符2枚。全席同じ料金の指定席。つまり席の希望は全くできません。私たちの席は約1800席あるびわこホールの3階席。高所恐怖症の方は少々・・・というぐらいの高さ(びわこホールは4階席もありますから、あそこはどんな「景色」なのでしょうか)。

中島みゆきさんの熱心なファンで満席になった会場。平均年齢は軽く40歳を超しています。いや、もっとでしょうか。5時半開場ですが、その一時間前から「グッズ販売」で、ごった返していました。(私たちはちょっと軽めの食事を、と早めに行っていただけでしたが)。

彼女が読み上げたアンケートには、長野や高知から駆けつけたファンのメッセージがありました。「大津の人?」「京都の人?」と彼女が問いかけて拍手で答えたのですが、地元が案外少ないのです。おっかけのファンがあふれていたようです。合計20回の全国ツアーも残りは神戸の2回だけ。

力強い歌、やさしく語りかけるような歌。心地よく耳に届く歌の合間に入る彼女の軽妙な、というか、ずっこけたトーク。そのギャップも楽しく、すばらしいバックプレーヤーたちにも納得しての3時間でした。(休憩時間を含む)。コンサートの終盤には、「高年齢ファン」たちも立ち上がってリズムに乗ってきます。ただし、4階席では一人だけでしたが・・・

びわこホールから京都に戻るには、JR駅まで歩いて15分弱。これが結構厳しく、本数が少なくなった電車にやっと乗り込んで、ホッ。周りには「みゆきグッズ」を入れた真っ赤な袋を手にした人たちも。

中島みゆきって誰・・・とは言わない私ですが、急造ファンとして参加したコンサート。最後の曲、「時代」の「まわる、まわるよ時代はまわる・・・」を口ずさみながら寒い中を歩きました。

2011年1月23日日曜日

すぐき定点観察

近所のすぐき畑の定点観察

2010年9月24日


10月3日:一回目のまびき、畑の向こう側はまびき前


10月13日


10月14日:2回目のまびき終了


10月31日:葉っぱが大きくなりました


11月4日:葉っぱで一杯に!


12月17日:霜がおりました


2011年1月6日:元旦の大雪で葉っぱがだらり
株もこんなに大きくなったけれど・・・



雪で葉っぱが折れたすぐき菜
10日過ぎに収穫作業目撃
でもまだ畑には残っているのです
もう収穫してもらえないのでしょうか
大雪にも耐えたすぐきななんですけれどね・・・

2011年1月22日土曜日

金星

大相撲で横綱を平幕の力士が倒すのが「金星」(きんぼし)。他のスポーツでも前評判の低かった人(チーム)が「強い」相手を倒したときによく言われることばです。

卓球の全日本選手権の女子シングルスで、小学4年生の女の子二人が「先輩」たちを破って一回戦を突破しましたね。福原愛さんが小学5年生で作った全日本初勝利の年齢記録を破ったそうです。卓球の「金星」です。

平野美宇(みう)さんは三回戦、伊藤美誠(みま)さんは二回戦で敗退。もう一人、5年生の加藤美優(みゆ)さんも初戦突破で、二回戦敗退。小さな身体で卓球台に伸び上がるようにしてプレーする姿を見て、卓球とは不思議なスポーツだな、と思いました。

体力・年齢に関係なく、技術そのもので若い(小さい)選手が「おとな」に混じって戦えるのです。どんなスポーツでも若い(幼い)時から、天才的な能力を発揮して好成績をあげる選手がいます。ですが、フィギュアスケートでも「ジュニア」の年齢枠がありますし、陸上競技でも、小学生が全日本選手権で戦う姿は想像できません。同じようにボールを追いかけるテニスにしても、やはり小学生の体力では、おとなと対等に対戦するのは無理なような気がします。

日本卓球協会の強化策の一環として2001年秋から小学生を対象にしたナショナルチームが作られているそうです。「小学生を教えるしっかりした方法を身につけた指導者が増えた」からこそ、今回の好成績を生み出したと新聞にありました。

世界に飛び出す選手がこの中から生まれてくるのでしょうか。楽しみですね。


PS: この三人の名前、美宇(みう)さん、美誠(みま)さん、美優(みゆ)さん、何度も新聞記事をチェックしながら打ち込みました。「今」の名前ですね・・・

PS2: 「卓球はラケットやラバーの特性を生かせば相手の力を利用して打ち返せる。女子は小柄でも、スピンをかけたりサーブを磨いたりして勝負ができる。男子はパワーが圧倒的に違うから、小学生が勝つのは難しい」・・・私の疑問に答えてくれる記事を見つけました。

2011年1月21日金曜日

朝の疑問

雪がうっすらの朝、路面がいろんなデザインに

道路の表面の温度が違うからでしょうか
それとも、何か他の理由が?
朝の疑問


2011年1月20日木曜日

誰のために?

政治の報道を耳にしながら思いました。

政治とは、政党や議員それぞれの「党利・党略」、もしくは「私利・私欲」が基準となっているのでしょうか?

「以前は批判していたのに、一緒になるのはけしからん」、 党の境界線を越えた議員への批判あり、「あの発言はけしからん」と、同じ党であっても、足を引っ張り合ったり。

国民のために、という大きな命題のもとに、すべての議員が気持ちを一つにすることは不可能なのでしょうか?駆け引きのためではない「大連合」はできないのでしょうか。

待ったなしの案件が目白押しだというのに。日本丸の航海を安心して任せられる人たちはどこにいるのでしょうか。

私が大好きだったケアマネージャーさんのことば、今でもこころに残っています。政治家にも「プロの仕事」を見せてほしいと願います。

けやき便り: 本人さんのために

2011年1月19日水曜日

ウィグル料理

中国ウィグルの留学生にごちそうになりました
ラーグメン、みごとな麺作りを見せてもらいました


シナモンロールのようにして「寝かした」もの
まず引っ張って少し細くします


両手にからませて、引っ張っります
「これぐらいね」という太さでストップ


さっとゆでてから洗って「ぬめり」を取ります



羊肉、じゃがいも、白菜、セロリなどをいためあわせた具
「いっぱい食べてください」とこれ一人分
あっさりした味、全部いただきました

にんじんがいっぱい入った炊き込みご飯の「ポロ」も作ってくれました。彼女の手際(てぎわ)に感激すると、「ウィグルの女性はみんなできますよ」とのこと。でもきっと彼女は「特別上手な女性」だと思いますよ。麺を伸ばして、ゆでて、できあがるまであっという間(ま)でしたもの。

京大の博士課程在学中の彼女、博士論文に取りかかるところです。「早く博士号を取って、ウィグルに戻ってご招待しますからね」と約束してくれました。次回はウィグルでラーグメンとポロを食べるのを楽しみにしていようっと!

2011年1月18日火曜日

通行止め

17日朝7時15分 凍った宝ヶ池通り
比叡山も麓まで真っ白に
16日なら、女子駅伝に影響したことでしょうね


宝ヶ池トンネルが通行止め 初めての経験

手前に何の表示もありませんでした
Uターンした車の轍(わだち)
またもや信州の風景に・・・

今年の一月は雪景色を堪能している私です

2011年1月17日月曜日

女子駅伝の日

昨日の日曜日、全国都道府県対抗女子駅伝の日 
朝から雪が降ったりやんだり
お昼前にはこんなに晴れました


国際会館前の折り返し点 ウォーミングアップの選手の姿も

地元京都チームが優勝、よかったこと・・・


夜7時半、また大雪 こんな風景に 
昼間でなくてよかった・・・

2011年1月16日日曜日

雪の模様

うっすらと積もった今朝の雪
模様あれこれ




最近の舗装は表面がつるつるではありません
今朝はこんな風に見えました


Chuckのおもちゃ

娘がアメリカから送ってくれたおもちゃ



3匹のりすさんがかくれています
Chuckがほじほじ・・・
リビングがまた散らかってます