2011年2月28日月曜日

免許証の写真

免許更新の手続きに出かけると、必ず人の多さに圧倒されます。手続きは流れ作業、乗り遅れないようにしながら列に並び、やっと名前を呼ばれたら、その後は、「そこに座ってください」と言われつつの写真撮影。

講習を受けたあとに手にする免許証の写真には、いつもがっかり。身分証明書としても大切な免許証。「優良ドライバー」なら、それから5年は気に入らない写真につきあうことに・・・

一斉に撮影する写真に不満な人が多かったようで、3月1日から、(もう明日ですね)、免許更新時に写真が持ち込めるようになるのだそうです。「お気に入り」の写真が免許証に使えるようになるのです。

右の写真は、「写真館で免許証用の写真を!」というポスターです。今日のブログは初めての「宣伝」となりました。みなさんもお近くの写真館で「お気に入り」の写真を撮影してみてはいかがですか?

京都にお住まいの方は、下鴨の写真館をご紹介しますよ。館主が「お待ち申し上げております」とのことでした。

2011年2月27日日曜日

左手のピアニスト

左手の5本の指だけが生み出す音楽。その豊かさ、暖かさに久しぶりにテレビにくぎ付けになった私です。

2002年脳溢血(のういっけつ)で右半身不随になった世界的ピアニストの館野泉(たてのいずみ)さんIzumi Tateno。3年後には左手のピアニストとして音楽会をひらくまでに回復。同じ境遇のピアニストのために多くの音楽が生まれるように、寄付をつのり、作曲家たちに依頼して「左手のためのピアノ曲」を生み出してきた方でもあります。

両手でピアノを弾くとき、ほとんどのメロディーラインは右手が受け持ちます。左手の5本の指から、メロディーと伴奏が生まれ、時には複数のメロディーが聞こえてくるのですから、その豊かな表現力にはただただ感心するのみ。

ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」ではオーケストラと競演。ボリュームたっぷりの演奏はとても左手だけとは思えないものでした。

他の楽器と違って、一人でメロディーと伴奏が弾けてしまうピアノ。ともすれば、それぞれの音の響きをしっかり聞くことなく弾いてしてしまいがち。もっともっときれいな音を出してみたい・・・今日はこころからそう思いました。
      

2011年2月26日土曜日

七条通

京都駅から七条堀川西にある龍谷大学大宮キャンパスのセミナーに出かけました。ホームページの案内では京都駅から徒歩約10分でしたが、地下鉄を降りてから20分弱かかりました。今までほとんど歩いたことのない七条通。色んな風景に出会いました。


重要文化財の龍谷大学本館
ガレージつきの和風建築

レトロなビルの中はフランス料理店


「富士ラビット」と名前のあるビルは牛丼やさん

ダンスのコスチュームが華やかなお店


位牌(いはい)をすぐ彫るそうですよ


お昼にうどんを食べたお店のメニューは4カ国語
日本語を入れれば5カ国語

2011年2月25日金曜日

老前整理

もう20年近く前のこと、突然母が「物を燃やしてもいい場所知らない?」と私に聞きました。友人のご主人が工場の焼却炉を使っていいと言ってくださったので、母を連れて行きました。そこで母は数十年分の日記を自分の手で燃やしました。思い切りよく全ての日記を処分した母でした。

80歳を越してから、私の家に引っ越した時も、荷物はとてもきれいに片付いていました。その後施設にお世話になったこともあり、母の持ち物はとてもすっきりしたものでした。

その母の娘ですが、私は母の「かたづけ」遺伝子をもらっていないようで、すぐに散らかってしまう人です。還暦も過ぎ、さてさて、どうにかしなきゃ、と思うことしきり。そんな折、「老前整理」ということばに出会い、新聞を切り抜いていました。そして、それを提唱していらっしゃる坂岡洋子さんがラジオにも登場しました。

元気なうちに、自分の身を軽くするのが「老前整理」。物の整理を通して、自分の今後の生き方を考える。時間をかけてゆっくり物と対話しながら片付けていくことが大切だそうです。

気をつけるべきポイントとして:
 1.一度に片付けようと思わない
 2.完璧を目標としない
 3.家族の物は手を出さない
 4.収納家具を買わない
 5.「使う物」と「使える物」を区別する

ご縁あって私のところにやってきてくれた物たちとしっかり対話しながら、ふさわしい行き先を考えることにします。

「断捨離」ということばも片付けものの大切さを言っていますが、今の私は「老前整理」の方がピンときます。でももう「老前」と言うより「老中」になりつつある私。さっさと片付けものに取りかかろうっと!

2011年2月24日木曜日

居合わせた人たち

ニュージーランド地震で建物が崩壊した語学学校がホームページに生徒やスタッフの情報を掲載しています。Learn English at King's Education

ページの一番下にNew Monday Starters (21/2/11)という文字がありました。地震は2月22日。勉強をスタートして二日目にこの地震に遭遇した人たちの名前が並んでいます。12人の名前のうち、生存が確認されているのは二人だけです。

24日付の天声人語の中にあった歌人の故竹山広さんの阪神大震災を詠(よ)んだ一首

  「居合わせし 居合わせざりしこと ついに天運にして 居合わせし人よ」


「居合わせた運命に人知は及ばない」と天声人語の著者も記(しる)します。

その時に「壊れたビルに居合わせた」人たちの全ての名前から目が離せなくなりました。

2011年2月23日水曜日

段飾り

毎年3月になると
母は大きな段飾りを組み上げていました
おひな様やお道具が入っている箱を並べて
見事に段を作るのです
几帳面な母ならではの技
小さなお道具で遊ぶのが大好きな私でした

我が家では旧暦の3月3日まで
おひなさまが飾ってありました


先日、京都の漆器(しっき)専門店象彦本店で、久しぶりに段飾りの立派なおひな様にお目にかかりました。同時にご当家の歴史あるおひなさまも展示されていて、そのお道具がずらりと並んでいました。



身をかがめてのぞき込む大きさです
左にある指と大きさを比べてください






赤いおひなさまは「還暦びな」
微妙に色合いが違うきものを着た人形もずらり


PS: ゆうべ、私の車の前を走っているヤサカタクシー、何と「四つ葉」マークのタクシーでした。
「よつばだ!」と思っても、写真を撮るわけにもいかず、なぜか、どきどきした私でした。

14日のバレンタインにはピンクのクローバータクシーを2台見て、そして今回は四つ葉タクシー。「こいつは春から縁起(えんぎ)が良いわい!!!」

2011年2月21日月曜日

中国英語事情

だいぶ前のことです。アメリカABCニュースの女性キャスターが中国での取材を続けていました。北京や上海のあちこちを回って、レポートをニュースで流していました。中国の教育事情を知るために、幼稚園を手始めに、小学校、高校に出かけ、生徒や学生たちと直接話している場面が次々にオンエアされました。

幼稚園では、英語の授業を視察。小学校では、生徒達から色々な質問を受けていました。物怖(ものお)じせずに、「どこから来たの?」「何をやっているの?」と質問が飛び交(か)います。

そして、高校では、現在の生活に関してのディスカッションを学生達と一緒に繰り広げます。彼らもとても自然に自分の意見を英語で話していました。

10 年前ぐらいのこと、初めて車いすフェンシングの香港遠征に同行した時のことを思い出しました。担当者のことばがわからず、「英語で話してください」と言って、 「英語で話しています!」と怒らせてしまった私です。その香港の人の英語は、中国語のリズムで英語の単語を使っているような話し方だったので、私の耳には 中国語にしか聞こえなかったのです。

それに引き替え、テレビの画面に出て来る中国の子ども達の英語は、何ともスムースでわかりやすいもの でした。英語のネイティブの人が、スムースに英語を話す外国人に、「あなたの英語はアクセントがありませんね」とよく言いますが、まさしく、現代の中国の子ど も達の英語は特異な「アクセント」がないのです。

大学院を卒業して企業弁護士をしている26歳の女性と、同い年で同じ名前のアメリカの女性の日常を 比較して、その二人がテレビ電話で話している様子も放映されました。この女性弁護士の、これまた、自然でスムースな英語には驚きました。留学したのでな く、国内でしっかり英語を勉強した彼女が、英語を自分のものとして自由に話していました。

さてさて、振り返って日本の英語事情は・・・世 界は「英語が話せて当たり前」になってきている中、自分の実力を世界の舞台で発揮するためにも、日本の若い人たちがもっと自由に英語をつかいこなしてほしいものです。英語は世界への扉を開く手段です。目的ではなく、その先を目指してほしいのです。

公立の小学校でも英語を教える時代となりました。まずは子どもたちに英語と仲良くなってほしいものです。

ふたご!



朝ご飯の目玉焼き
ふたごが登場!

カメラ、カメラ・・・と騒いだ私

できあがった目玉焼き
ずいぶんこげてしまいました・・・

2011年2月20日日曜日

閾値

数年前、閾値(いきち)という言葉を初めて知りました。全く知らない言葉でした。

閾値とは:
   1) ある反応を起こさせる、最低の刺激量
   2) 生体の感覚に興奮を生じさせるために必要な刺激の最小値

現代人は強い刺激に絶えずさらされ、その刺激が強いのかどうかもわからないままに生活しています。テレビやラジオ、インターネット、情報があふれ、音があふれ、目も耳も、そしてこころも疲れ果てています。

食事にしても、刺激的な味を好む人が増えていると同時に、味に無関心な人も一杯。私たちが本来持っている「感じる力」をは一体どこに行ったのでしょうか。

「閾値を下げてみましょう」という言葉を耳にして、改めてこの「閾値」を考えた私です。刺激が穏やかでも、それに自然に反応するには、私たち自身の五感を働かせる必要がありそうです。

通り雨のにおい、風が木々を揺らす音、雲間から届く光、季節の野菜の穏やかな甘さ、日だまりのベンチに座った時の暖かさ・・・

この難しい言葉、「閾値」を下げてみると、小さな幸せに出会えそうですね。

2011年2月19日土曜日

ピンクのクローバー

2月14日の夕方のこと。ピンクのクローバーのサインを天井にのせたタクシーが私の車を追い越していきました。

京都のヤサカタクシーグループの会社のロゴは緑のクローバーです。緑が当たり前と思っている天井のサインがピンク???見間違い???(このところ、思い違いも含めてしょっちゅうなんですから・・・)

すると、何と、もう一台、同じピンクのサインのタクシーが来たのです。じっくり見ました。確かにピンクです。ショッキングピンクのクローバーです。

それ以降、キョロキョロしてヤサカタクシーを探しました。みんな「緑」のクローバーがついています。私は一体何を見たというのでしょうか。

やっとわかりました。ヤサカータクシーに乗るチャンスがきたのです。さっそく運転手さんに質問しました。

「今年もバレンタインの日と前日に、女性ドライバーがピンクのサインをのせて走ったようです。二台も見たのですか?それはすごいですね。女性ドライバーはそんなにいませんからね・・・」

5分足らずのうちに、数少ないピンクのサインをつけたタクシーを二つ見つけた今年のバレンタイン。きっといいことがあるんですよね。楽しみです・・・

PS: ヤサカタクシーは数台だけ「四つ葉のクローバー」をつけた車があるそうです。これはまだ見たことがありません。乗った人が大喜びなさるそうですよ。いつか、私も!

2011年2月18日金曜日

どこかに春が・・

比叡山にはまだ雪が残っています

風もまだ冷たい散歩です



でもなんだか春を感じるのです
庭のけやきも小さな芽を用意しています
いつ春になってもいいよ、って

2011年2月17日木曜日

井村雅代さん

2008年の北京パラリンピックの一年前、中国のシンクロナイズドスイミングの指導者となった井村雅代さん。日本のシンクロを世界レベルに育て上げたその指導力で、中国チームを北京オリンピックの団体銅メダルに導きました。井村さんが中国に行く前から「日本を裏切った・・」などというコメントが飛び交っていたものです。

その井村さん自身のことばをラジオで聞きました。

世界のシンクロ競技において、指導者の多くはロシア出身者。実力を高めるために、各国がロシア人コーチを招聘(しょうへい)しています。井村さんが中国から指導してほしいとの打診を受けた時のこと。もし自分が断れば、ロシア人のコーチが呼ばれるはず、日本の指導方法を世界に広めるためにも、自分が出て行かなければ、と思ったそうです。日本のシンクロ競技を世界レベルに導いたその指導方法を外国に伝えたい、その気持ちからだったのです。

その後井村さんに対する批判はさらにエスカレートしていきます。ですが井村さんは、中国で自分の指導方法を貫きます。中国各地から集められた、身体能力が高く、スタイルのいい選手たち・・・ですが、最初に井村さんが会った時、彼女たちは、基礎的な訓練もなく、シンクロができる状態ではなかったのです。

シンクロやフィギュアスケート、体操などの採点競技は、世界選手権などへの出場を続けて、評価を高めることが、オリンピックのメダルにつながります。2007年の世界選手権まで残り数ヶ月の時期に指導を始めた井村さんは、シンクロの基礎を教えることよりも、選手たちの「態度」を変えることに集中したと言います。

笑顔を作ること、ありがとうを言うこと。この二つを選手たちに教え込みました。中国では、「お愛想(あいそ)笑い」の習慣はなく、堅い顔でシンクロの練習をしていたそうです。選手やコーチの間で「ありがとう」ということばが交わされることもなく、チームとしてのまとまりもなかったのです。世界選手権では、中国チームの印象を変える、そのための訓練が「笑顔」と「挨拶」だったのです。

シンクロに向く身体をつくることも大切なトレーニング。呼吸法からスタートです。彼女たちは地域の代表同士ですから、弱音(よわね)を吐くことは決してなく、お互いにいい意味のライバルとして、厳しい指導に食らいついてきたそうです。

指導した選手たちが、日本に帰る井村さんにお礼のことばを録音していました。その日本語訳も吹き込まれていました。厳しい指導に対しても感謝のことばを言い、「おあいそ笑い」ができるようになったことを喜んでいるというコメントがありました。確かな指導技術に裏付けられた、「したたかな計算」があったからこそ、短期間にチームとしての一体感を高め、オリンピックでの大きな結果を生み出すことができたのです。

自分の信念を貫く人は、時には世の中の多数の考え方からはずれてしまうもの。自分を信じ、選手を信じ、自分のやるべきことをやり遂げた井村さん。単に自分の国の中だけを考えるのでなく、もっと大きなこころでシンクロを指導している方と見受(う)けました。

2011年2月16日水曜日

スタンバイOK

私が朝ご飯にヨーグルトを食べていると
いつも熱い視線を感じます
Chuckがじぃ~と見つめています

ヨーグルトの残りが少なくなると
Chuckはケージの中へ
「スタンバイOKですよ」と中で待っています




やっとヨーグルトにありついたChuckです
器が洗ったようにきれいになりますよ

2011年2月15日火曜日

うそ

先日の朝日川柳、課題は「うそ」

  先生のうそが優しい推薦書

     本校においてトップの成績をおさめ・・・かな

  恋をして初めて母にうそを言う
     うん、友達と映画に行ってきたの・・・なんて・・・

  良性です言ってる医者にある呵責(かしゃく)
     患者さんにショックを与えないように・・・

  うそつくとあの悪相になるのかな
     政治家の方々とはもうしませんが・・・

  予報士ははずれただけでうそ言わぬ

     たしかにね、うそではないかな・・・

  お近くへおいでの節はなどと書き
     転居通知の常套句(じょうとうく)

2011年2月14日月曜日

まさか私が・・・

九州の新燃岳(しんもえだけ)の噴火で、避難しなければならなくなった住民の女性が、「まさかこの私が生きている時にこんなことが起こるなんて・・・」と発言していました。本心からのことばでしょうね。

「まさか」と思うことに出会うのが人生ですが、80年代、シカゴにいた時、テレビで見た竜巻被害者のことばが忘れられません。

貧しい地域のようでした。竜巻の通り道となった家々がめちゃくちゃに壊れていました。突然の災害。「まさか」です。

テレビのインタビューを受けた黒人女性が言いました。「神さまの思し召しなんです。きっと立ち上がる力も与えてくださいます」

「まさか」が起こった直後です。呆然(ぼうぜん)として、そして怒り、悲しみが襲ってきても不思議ではありません。そこでこの女性はこんな言葉を口にすることができたのです。

そのテレビの画面は、今も私のこころに刻まれています。毅然(きぜん)として「まさか」を受け入れる女性の姿が刻まれています。人間ってすばらしいですね。

2011年2月13日日曜日

雪景色

雪・雪・・・の予報があったこの連休
奈良や大阪は数年ぶりの大雪
でも、我が家のあたりは全く雪なし
待っていたのに・・・

お正月の写真を大きめにたくさんアップします









2011年2月12日土曜日

記憶の杖

ずいぶん前から私の手元にはA4の裏紙をはさんだクリップボードがあります。予定を書いたり、「することリスト」が並んでいたりします。職場で働いていた時にも必ずそれを持ってウロウロしていました。私とクリップボードがセットになっているのです。

とにかく思いついたら何でも書き込んでいきます。一日で新しい紙に替えることもあれば、一週間たってから書き直すこともあります。どちらにしても、何をやり残しているのか、よくわかります。

こんなクリップボードを使っていても、「アッ!」と忘れたことに気がついてあわてることもしばしば。記憶からストンと落ちてちまっていて、メモすることも忘れていることもでてきます。さてさて、これからはもっとあわてることが増えるのでしょうか。

「記憶の杖」ということばを目にしました。認知症が出てきたお年寄りに寄り添って、その方の記憶の抜けた部分を家族や周りの人が補(おぎな)い、少しでも普通の生活ができるサポートをしようという内容の文章でした。

「年齢を重ねて足腰が弱れば杖をつく。記憶が衰えれば、記憶のがも必要になってくる」

まさしくその通りですね。一人で「杖代わり」を工夫して使っている私ですが、これからはもっともっと周りの人にも声をかけて、「覚えておいて!」と頼むことにします。今までもけっこうそれをやっていますから、うるさがられるかもしれませんが・・・

2011年2月11日金曜日

これは何?

ご近所のたんぼ 
先月雪が降った日 こんなにでこぼこ
これは何?



別の日 雪の上に土の小山が並んでいました
よく見てください うっすら煙が・・・

ほかほかの堆肥(たいひ) 
いいお米ができますように

2011年2月10日木曜日

写真教室

昨日の午後、写真教室のアシスタントをしました。約10年前、京都府主催のカルチャースクールをきっかけに生まれた写真同好会です。私が「若いね」と言っていただけるのですから、お仲間の平均年齢は相当高いグループです。撮影会と勉強会を毎月交互に開催しながら、活動が続いています。秋に開くグループ展は年々作品の質が向上しています。

この10年といえば、デジタルカメラが急速の普及してきた時期。フィルム写真でスタートして、デジタルカメラを手にしてからコンピューターに触れた方々も多く、「カタカナのことばが多すぎて、かないませんな・・・」とおっしゃりながらも、果敢(かかん)に挑戦を続けていらっしゃるのです。

昨日は今年最初の集まりでしたから、勉強会のあと、早めの夕食をご一緒しました。その場でも写真に関する質問が飛び交(か)います。写真の基礎を一緒に勉強している仲間ですから、内容はとても高度です。うまく写せない理由をみんなが意見を出し合って、「ああでもない、こうでもない・・・」。

デジタル処理の写真の今後とフィルム写真の違いなど、話題はドンドン広がっていきます。いくらでも話していたい、みなさんのお顔からそんな気持ちを感じた私でした。

「これからも元気で写真撮影を続けていたい」というのが、この写真教室の仲間の夢です。「何かないかな」と毎日の生活でキョロキョロしながら被写体を探し、撮影会やバスツアーに参加する。やりたいことに熱中する楽しさ、幸せを周りの私たちにも感じさせてくださるグループです。

こんな熱心な生徒を抱えた「講師」も勉強に追われているようです。基本を勉強し直したり、写真業界の情報収集したりしています。年齢は関係なく、講師も生徒も一緒に楽しく勉強して「成長」しているグループです。

写真館の写真教室

2011年2月9日水曜日

久しぶりに・・・



ゆうべは久しぶりに雨の音
今朝は久しぶりに木の枝に水滴が・・・

ちょっぴりしっとり
のどにもやさしいおしめり

2011年2月8日火曜日

初めての日本


先日通訳をしたスコットランドからの客人の質問。「なんで日本人はマスクをするの?」

「風邪の予防」「風邪をうつさないため」「寒さよけ」などあれこれ理由を考えて説明しました。

西洋社会ではマスク姿は異様に映るようです。朝日新聞の記者が一昨年の春、新型インフルエンザが流行した頃、駐在していたニューヨーク市内を、マスク姿で歩いてみたことがある、と書いていました。「通行人の注目を一身に集め、ほとんど奇人扱いされた」そうです。

顔を隠す人を「不審者」として感じる西洋慣習から、この客人にとってマスク姿がいっぱい歩いている日本の風景はさぞかし不思議だったことでしょう。

初めての日本訪問だったこの方は、ごはんの上に何かをのせて食べるのは「不躾(ぶしつけ)」だとガイドブックで読んだそうです。「家での食事なら何でものせて食べますよ。正式な場所ではしない方がいいけれど」と言っておきました。

「実際に会った日本人は僕が想像していた以上にやさしく、丁寧な人たちだった。そして街がどこでもとってもきれい」という彼のコメント。

一週間の滞在で、仕事も順調に進み、日本の好印象をおみやげに持って帰ってもらえたようで、よかったこと。

2011年2月7日月曜日

霜の朝

今年は立春とともに春の気配

朝の散歩時間はまだこんなに霜が・・・




手前は冬、あっちは春

2011年2月6日日曜日

鶴見和子

図書館で手にした「鶴見和子の世界」。返却期日を延長してじっくり読みました。1918年生まれの鶴見さんの社会学者としての業績だけでなく、多方面にわたる研究の「関係者」や知人が寄せた文を集めたのが、この本です。

1997年から99年にかけて編纂(へんさん)された、鶴見和子さんの業績の集大成「鶴見和子曼荼羅(まんだら)」全九巻の「解説」やその他の場で発表された鶴見さんに関する文章が並んでいます。社会学者としての手法の変化や、アメリカでの研究の模様を記したもの、水俣(みなまた)での関わりでのエピソード、国学者の柳田国男と南方熊楠(みなかたくまぐす)の研究に関する評論、和歌や日本舞踊、そして生涯を通じて粋(いき)に着こなし続けた着物に関する文章。次から次に、違う書き手による「鶴見和子」さんが、浮かんできます。

1995年、脳出血で倒れたあと、弟鶴見俊輔(しゅんすけ)氏の住む京都へ住まいを移されてから、新聞でよくお名前を目にしていた私です。2006年に亡くなった時の追悼記事もたくさん切り抜いていました。ご本人の業績を知らないままに、何か「惹(ひ)かれて」いた私でした。今回、偶然手にした本を通して、鶴見和子さんの「すごさ」を改めて感じました。

じっくり著書を読もうと思います。文章の中から、このあこがれの人生の先達を学ぼうと思います。若い日々に外国で学び、多くの研究を通して真の意味で日本を理解していた方から、これからの生き方を教えていただけるのでは、そんな気がしています。

2011年2月5日土曜日

勉強中





Chuck、
これなんだかわかる?
犬が勉強してるとこ

Chuckも勉強して
かしこくならなきゃね
がんばってね

2011年2月4日金曜日

仏像トリアージ

大きな災害で多数の負傷者が出る緊急時、搬送される患者のけがの程度に応じて治療の優先順位を決めるのがトリアージ 。「選別」という意味のフランス語。4段階に分かれていて、緊急度の高い患者から治療をしようとするシステム。阪神大震災後、日本でもよく目にすることば。

京都消防局が貴重な仏像などの文化財を、火災が起きたとき、優先的に運び出す救出方法を今年度末から運用することになったとか。

寺社仏閣ごとに「文化財セーフティーカード」を作成し、仏像の写真や構造、搬出に必要な人数を一覧にし、国宝や重要文化財などの安置場所を赤、黄、緑に色分けして示す。仏像ごとのタグも用意し、運び出した仏像にこのタグをつける。

いったん火事が起きれば、消防の現場指揮者がカード情報をもとに、危険性を見極めて優先的に運び出す文化財を隊員に指示するシステム。

医療のトリアージも、この「仏像トリアージ」も、一瞬のうちに判断して指示する人が必要で、特に「いのち」に関わる「選別」を行っていくことの難しさは想像を絶すること。仏像トリアージでも、その仏像がどんなに貴重なものであっても、救出する隊員の安全が確保できなければ、それこそ本末転倒。

トリアージの現場ではなくても、「選別」するのは大仕事。

目の前のチーズケーキとチョコレートケーキ、どっちにしよう・・・これも「選別」。



2011年2月3日木曜日

知ってるつもり

シカゴに家族で住んでいた頃、単身赴任していた男性を食事に招待したことがありました。渡米して約1年。私たち家族にとっては先輩でした。

「アメリカではね・・・」というのがこの方の口癖でした。新しくやってきた家族にいろいろ教えてくださるその方のことばを黙って聞いていた私でした。

会社とアパートを往復して、ほぼ日本人の仲間とのおつきあいだけ、というこの男性の「アメリカではね・・・」の表現は、ごく限られた範囲の「アメリカ」だと思ったからでした。

決して批判しているのではありません。そのことばにウソはなかったはずですから。

私たちは、自分の限られた経験の中で、物事を判断して、ほかの人に伝えています。自分自身のフィルターを通した、その考えは、間違ってはいないだろうけれど、やはり「こんな考えがありますよ」として伝えるべきもののような気がするのです。自分の基準を押しつけようとするのは、やはり危険です。

これは私のブログへの「いいわけ」です。

私が聞きかじったり、見てきたりしたことを書いているこのブログ。こんなことを思っています、考えました、と書いています。

「ふーん、そんな考え方もあるかな」っというような軽い気持ちで読んでくださればうれしいです。「あれ、間違ってるよ」というところがあれば、どうぞご指摘ください。「知ってるつもり」はどこまでいっても「つもり」です。独(ひと)りよがりにならないためにも、柔らかい頭でいたいな、と思います。

2011年2月2日水曜日

かもめ



瀬田の唐橋(からはし) 上は車で混雑 下はボートがスイスイ


あれっ、かもめって海にいるんじゃなかったっけ・・・



日が暮れてきた、さてぼちぼち帰ろうか

あれっ、君は誰?

2011年2月1日火曜日

行き当たり・・・

「行き当たりバッチリ」
ラジオから耳に飛び込んできた表現
いいじゃないですか・・・

人生、どこで何が待っているかわからないけれど
どこに行っても「バッチリ」自分らしくやってみよう!
無理することもないけど・・・

「行き当たりバッタリ」じゃ、少々投げやり
うん、これからはこれでやろうっと!