2010年11月18日木曜日

多田富雄氏 #2

「寡黙なる巨人」(寡黙:かもく・・口数が少ない)

脳梗塞(のうこうそく)発症後、多田富雄氏が不自由な中でコンピューターを使って書き続けた著作です。突然の脳梗塞、臨死体験、その後のからだのこと、こころのこと、一文字一文字に想いを込めて綴っていかれたものです。

「元気だというだけで、生命そのものは衰弱していた。毎日の予定に忙殺(ぼうさつ)され、そんなことは忘れていただけだ。発作はその延長線上にあった。

それが死線を越えた今では、生きることに精一杯だ。もとの体には戻らないが、毎日のリハビリ訓練を待つ心がある。体は回復しないが、生命は回復しているという思いが私にはある。いや、体だって、生死を彷徨(さまよ)っていたころに比べれば少しはよくなっている。」

歩けない、声が出せない、飲み込めない・・・できないことだらけで死ぬことばかりを考えていた時期があり、それを通り過ぎると・・・

「でもこうして生きながらえると、もう死のことなど思わない。苦しみがすでに日常のものとなっているから、黙ってつき合わざると得ないのだ。時には『ああ、難儀なことよ』と落ち込むことがあるが、そんなことでくよくよしても何の役にもたたないことくらいわかっている。」

冴 (さ)えわたる頭が残り、冷静に自分の今を書きつづった本の前半。後半には折々のエッセイが掲載されています。そこには、頭で考えるだけでなく、感じるこ との大切さ、特に「美」に対する感性の豊かさが記されています。著名な免疫学者としてではなく、能の作者でもあり、美術・音楽全てを人生の友としてきた多 田氏の美意識があふれています。

小さな文庫本の中にこめられた、偉大な人生の先達(せんだつ)のことば。寝る前にゆっくりゆっくり読み進んだ本でした。

2010年4月22日けやき便り: 多田富雄氏

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