2011年2月6日日曜日

鶴見和子

図書館で手にした「鶴見和子の世界」。返却期日を延長してじっくり読みました。1918年生まれの鶴見さんの社会学者としての業績だけでなく、多方面にわたる研究の「関係者」や知人が寄せた文を集めたのが、この本です。

1997年から99年にかけて編纂(へんさん)された、鶴見和子さんの業績の集大成「鶴見和子曼荼羅(まんだら)」全九巻の「解説」やその他の場で発表された鶴見さんに関する文章が並んでいます。社会学者としての手法の変化や、アメリカでの研究の模様を記したもの、水俣(みなまた)での関わりでのエピソード、国学者の柳田国男と南方熊楠(みなかたくまぐす)の研究に関する評論、和歌や日本舞踊、そして生涯を通じて粋(いき)に着こなし続けた着物に関する文章。次から次に、違う書き手による「鶴見和子」さんが、浮かんできます。

1995年、脳出血で倒れたあと、弟鶴見俊輔(しゅんすけ)氏の住む京都へ住まいを移されてから、新聞でよくお名前を目にしていた私です。2006年に亡くなった時の追悼記事もたくさん切り抜いていました。ご本人の業績を知らないままに、何か「惹(ひ)かれて」いた私でした。今回、偶然手にした本を通して、鶴見和子さんの「すごさ」を改めて感じました。

じっくり著書を読もうと思います。文章の中から、このあこがれの人生の先達を学ぼうと思います。若い日々に外国で学び、多くの研究を通して真の意味で日本を理解していた方から、これからの生き方を教えていただけるのでは、そんな気がしています。

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