2009年6月7日日曜日

介護短歌

おかあさん お母さんと 我を呼び
赤子(あかご)のごとく なりゆく老母(はは)は

今朝の京都新聞に、同志社女子大学教授で歌人の安森敏隆(やうもりとしたか)さんの記事が掲載されています。上記の短歌は、文頭にある、奥さまの淑子(としこ)さんの短歌です。

ご主人の敏隆さんは「この歌には“勝てんな”と思った」と記します。淑子さんが実母を介護する生活から生まれた短歌です。

ご自身も義母の介護に積極的関わった敏隆さんは、介護をする人と介護を受ける人、双方の愛憎入り乱れた交流から生まれる歌、「いのちのうた」を集める「介護百人一首」を提唱するようになったそうです。

介護百人一首は、現在、NHK教育テレビ「福祉ネットワーク」の定例番組で公募されているとのこと。


母との同居は2年前の昨日からでした。あの年の6月7月は毎日が混乱でした。どうしていいのか、手探り状態で、母も落ち着かず大声を張り上げることも度々でした。

その4月から、私は月2回のペースで「勉強」していました。昔の英語の恩師との30年ぶりの再会から、英語ではなく、「いかにいきるべきか」を学んでいました。戸惑いの日々の中、5時間の個人レッスンは強烈でした。その中で、私もいくつか、自分の心をはき出す短歌(らしきもの)を作っていました。


声荒(あら)げ 夜叉(やしゃ)取り憑(つ)かん 母の顔
過去の怨念(おんねん) 包み隠(かく)さず   (夜叉:猛悪な鬼神)

いい気持ち 言ってくれたの ついさっき
そんなことない また出る否定

晴天の 日差しも知らず 家にあり
われただ母の むつきを変える  (むつき:おしめ)

感謝して むつきを替える 
現代の テクノロジーの ありがたさ


その後短歌作りは全く途絶えています。ことばが湧き出ていた頃があったのが不思議です。

6月7日、今日は母の誕生日。94歳になりました。

2 件のコメント:

Miho さんのコメント...

介護のブログを見せていただく度に私はgorosatoさんお母様と2階のお部屋で2人きり、わずかな時間を過ごさせてもらったことを思い出すのです。何の拍子だったのかどうしても思い出せませんがオレンジの実にクローブを綿密に差し込んでいくというおもしろい作業を一緒にさせていただきました。急に2人だけになったものですからなんだか照れくさかったのですがオレンジとクローブに取り持ってもらい会話のキャッチボールでした。どんなお話してもらったのか思い出せないのが今となっては残念!94歳ですかぁ。おめでとうございます。当時すでに80歳すぎてらしたというのは驚きです。気持ちにゆとりができたらまたあのポプリオブジェをつくろうかなあ。三十一文字(みそひともじ)もいいですね。

gorosatomama さんのコメント...

Mihoさんが母と一緒の時間を過ごしてくださっていたのですね!私は全く覚えていませんでした。

オレンジ全体をクローブの「つの」で覆う作業でしたよね。それは覚えているのですが・・・

たった一回のお出会いであっても、母のことを懐かしく思い出してくださる方がいらっしゃるってすてきです。ありがとうございました。