2011年6月7日火曜日

「災害がほんとうに襲った時」

1995年の阪神大震災。精神科医の中井久夫神戸大学名誉教授が書かれた、発生直後からの50日の記録「災害が本当に襲った時」

今回の東日本大震災直後の3月20日からインターネット上に無料公開されました。ノンフィクション作家、最相葉月(さいしょうはづき)さんからの依頼に、被災地での医療従事者の参考となれば、という趣旨で、本そのものの無料公開となったのです。
東北関東大震災下で働く医療関係者の皆様へ――阪神大震災のとき精神科医は何を考え、どのように行動したか

私は、東日本大震災直後の中井先生のコメントを含めて4月に発行された新版を読みました。

中井久夫先生のお名前は1995年頃、友人から聞いた記憶があります。先生の診察を受けたことがある、その友人は、先生の穏やかな診察ぶりをとても「気に入った」と話してくれたものでした。

それ以降、新聞などの先生のコメントをマメに切り抜き、何度も読み返していました。ラテン語をはじめとして、語学にも堪能で、詩の翻訳もなさり、エッセイストとしても著名な先生の文章はとてもすてきです。

阪神大震災直後、神戸大学医学部精神科の医師・看護師たちがどのように活動したか。医療者にとってどんなサポートが必要だったか。助っ人の医師派遣をどのように受け入れたか。患者さんたちに何が大切だったか。多くの情報が日付を追って書かれています。

病院に届けられたお花がどれほど医療者と患者のこころを慰めたか、という記述には、「さもありなん」と同感し、葬儀にもお花が手に入らなかった、今回の大震災の場面を思い出して、またこころがキュッと締め付けられたり。この本をよみながら、二つの大震災がオーバーラップしてきました。

阪神大震災とは被災地の大きさも規模も違う今回の東日本大震災。ですが、中井先生のこの本には、先生ご自身の精神的、肉体的不調も含めて、大きな災害に遭遇した時の人の対応がありのまま書かれています。少しでもお役に立てば、という先生の想いは色んな方々に通じていることと思います。

「災害においては柔らかい頭はますます柔らかく、硬い頭はますます硬くなることが一般法則なのであろう」ということば、一番こころに残りました。

2011年6月6日月曜日

新茶の季節

京都で茶道のお稽古をしていると、
「お詰めは?」
「はい一保堂でございます」

・・・とオウム返しで覚えた名前

新茶の季節となりました


・・・と下書きを作ってから時間が経過してしまいました
少し遅れてしまった「季節のお便り」



2011年6月5日日曜日

8の字結び

ブレスレットの透明のゴムが伸びてきてしまいました。新しいゴムを手に入れました。ビーズを通すのは簡単ですが、結び目がなかなかうまくいきません。

透明ゴムが入っていた袋に説明がありました。

「元に戻ろうとする性質がありますので、結び目は、二本そろえて8の字結びで、十分に結び目が小さくなる位にしっかりと結んでください」

「8の字結び」って、ご存じですか?

YouTubeで二つの動画を見つけて、無事解決でした。検索すると何でもあるんですね。

ブレスレットもちゃんと完成。でも「十分に結び目が小さくなる位」というのが、なかなかできず。細かい作業が苦手になってきたのでしょうか・・・


YouTube - 8の字結び

YouTube - 八の字結び

2011年6月4日土曜日

嘆願書


交通事故で女性を死なせたとして自動車運転過失致死罪で有罪判決を受けた26歳の男性消防士。

消防士の車が交差点でタクシーと衝突、タクシーが歩道に乗り上げ、自転車に乗っていた68歳の女性が死亡。

事故後、すぐに救命処置をした消防士。毎月の命日に献花を続けた消防士。

禁錮2年、執行猶予3年の判決が確定した消防士。地方公務員法は禁錮刑以上の判決を受けた者は失職。

亡くなった女性の長男ら遺族3人が市長に嘆願書(たんがんしょ)を提出。

「深い反省が伝わった。仕事を続け一人でも多くの命を救うことで罪を償(つぐな)ってほしい。母もそう望んでいる」と、処分の変更を求める。

消防本部が市の条例の例外規定を適用して、停職6ヶ月となった消防士。

「仕事に打ち込み一生かけて罪を償いたい」

兵庫県宝塚市で昨年11月にあった交通事故の顛末(てんまつ)。

夕刊の記事を読んで感激した私。

2011年6月3日金曜日

名前は「北斗くん」

5月23日にアップしたワンちゃんとご主人。なんと「本名」が判明しました。

知人の知人。ちょっと離れたご近所ですので、いつもの公園での遭遇となったようです。

ワンちゃんの名前は「北斗くん」。中年犬で、散歩の途中で自分からベンチに座って「休憩」するのだそうです。

偶然のつながりがとても楽しいハプニングでした。



Chuckにも無理に同じことをさせようとした人がいるのですが・・・


ちょっとここに座れって・・・


はい、ちゃんとあっちを向いて・・・


男は背中が大事なんだぞ!
・・・???(Chuck)


PS: 今日(6月3日)の朝日新聞社:天声人語は「座布団3枚!」です。雨の季節でもありますものね・・・

2011年6月2日木曜日

いい加減に・・・


私の祖母はお風呂にゆっくりつかっている時、「いい加減だね・・・」とほっこりした顔で言っていました。本来、このことばには「ちょうどいい加減」の意味があります。

ですが、このことば、最近使われている用法は以下のものが多いようです。

 1. 仕事を最後までやり遂げずに途中で投げ出すさま。投げやり。おざなり。無責任。
  「―なやり方」「―な人」

 2.  相当な程度に達しているので、ほどほどのところで終わってほしいさま。
  「―に雨もやんでほしい」「冗談は―でやめてくれ」

 3.  かなり。相当。「―いやになった」「―飽きがきた」


鎌田實氏のブログの最後の文章にも「いいかげん」があります。原発事故263: かまたみのる公式ブログ 

「いいかげん、自民党も民主党も、国民の側に立って政治をしてもらいたいものだ。」

そうなんです、国民はもう「いいかげんにしてくれ!」なんです。

内閣不信任案が提出されて混乱の極みとなった日本政治。今政治家は何をすべきか。そんなことがわからない人たちなんでしょうか。新聞・ラジオ・テレビ、そして一般の人たちみんなが「おかしいよ」と言っているというのに。

朝日新聞社:社説6月2日


2011年6月1日水曜日

「三陸海岸大津波」


2006年に亡くなった作家の吉村昭さん著「三陸海岸大津波」。1970年の発刊です。今回の東日本大震災後、文庫本が増刷されて、書店では平積みとなっています。

明治29年(1896年)、昭和8年(1933年)、昭和35年(1960年)の三度にわたって津波の被害を受けた三陸海岸。被災経験者の証言や現地の風習などを緻密に取材した「記録文学」としての評価を受けた作品です。

朝日comの書評の文章を拝借します。うまくリンクできなかったので・・・

「まえがき」にあるように、「津波の研究家ではなく、単なる一旅行者にすぎない」という吉村氏が大津波のことを調べ、実際に災禍に遭遇した人々から話を聞くうちに、「一つの地方史として残しておきたい気持」になって著されたものである。資料と証言という「記録」に先立 つ「事実」の集積を駆使しながら、他の吉村作品と同じく、筆致はあくまでも淡々としており、これみよがしな深刻さや、扇情的な生々しさからは程遠い。当事者ではなく研究者でもない。そればかりか、ここにあるのは、いわゆるジャーナリスト的な視線とも違う。ひたすら「事実」だけが語られていながら、かといっ て単に客観的な「記録」とは異なる、(誤解を畏〈おそ〉れずに敢〈あえ〉て書くと)絶妙な距離感の、要するに「小説」的としか呼びようがないような印象 が、本書にはある。そしてこのことは、著者が痛ましく忌まわしい大津波という出来事から受け取っただろう途方もない衝撃と、何ら矛盾してはいない。


淡々と事実を記述する表現から、それぞれの津波の恐ろしさがわき上がってくるように感じました。繰り返される津波。亡くなった人への深い想いがあふれているのも、この本を単なる「記録」以上のものとしているのでしょう。過去をしっかり学ぶこと、その大切さを改めて思いました。


PS:宗教学者の山折哲雄氏。今回の大震災の名前から「地名」がなくなってしまったことを嘆いたコメントがありました。被災地が広範囲に及んでいるからこそ「東日本大震災」という名前になったのでしょうが、被災した地域を表すのではなく、震源地が明確になる「東北地方太平洋沖大震災」という名称が好ましい、とおっしゃっています。環太平洋地震帯における大きな地震であったことが明確になる、というのが大きな理由だそうですが、疎開地、花巻で中学・高校時代を過ごした山折氏の東北への想いがこもっているのを感じます。