2015年3月13日金曜日

「奇跡」のことばの陰で

岩手県釜石市。2011年3月25日のブログで取り上げた津波てんでんこ。津波への防災教育を2004年から続けてきた成果で、地震発生当時、市内の小中学生にいた生徒に一人の被害者も出さなかったとして「釜石の奇跡」と呼ばれるようになっていました。

震災後4年目の3月。市内の小学校の事務職員だった女性が亡くなっていた、という記事がありました。残されたご主人は、なぜ奥さんだけが逃げなかったのか、その真相を知りたいと、学校や市との話し合いを繰り返しました。実際に学校関係者の中に被害者がいたのに「釜石の奇跡」と呼ばれることへの違和感も訴えたということです。

「児童の親からの電話に備えて職員室に残ったのかもしれない」というのが、このご主人が得た真相に関する情報だったとのこと。学校の用務員さんにも「避難しなさい」と奥さんが声をかけて逃がしていたという証言も出てきました。

釜石市ではこの「釜石の奇跡」ということばを、奇跡ではなく訓練の成果だったとして「釜石の出来事」と言い換え、内閣府の防災白書の原稿も修正されたのだそうです。

4年前に「てんでんこ」のブログを書いた時、私もただただ「すごい」と感心していたはずです。でもその出来事には、こんな隠れたエピソードがあったのです。

多くの出来事の中には、表面的に現れている、報道などで私たちが目にすることだけではなく、色んな状況があるのを改めて思います。東日本大震災の死者は1万5891人、行方不明者は2584人。数字でひとくくりにすることなく、その家族、関係者の方々、そして多くの被災者の気持ちに想いをはせていたいものです。

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