2008年11月25日火曜日

なくしもの

もう20年も前のことです。私がまだシカゴに住んでいた時、ヨーロッパを仲間と旅行した母とパリで落ち合って、ロンドン近郊の友人を訪ねる旅行を計画しました。

シカゴのオヘア空港で、荷物をチェックイン、機内に乗り込んだあとで、そのフライトのパリ到着時間帯にドゴール空港の管制官のストが強行されることが判明したのです。フライトはキャンセル。次のフライトをアレンジしてもらうための長蛇の列がカウンターに何本もできました。

結局私が到着したのは、ロンドンのヒースロー空港。航空会社がホテルを手配してくれたのはいいのですが、「やはり」というか、チェックインした私の荷物はロンドンには届いていませんでした。文字通り着の身着のまま・・・疲れ果てて寝るだけの私でした。

翌朝、電話が鳴り、母の声が聞こえました。「やっと見つけた!」。パリで私のフライトがキャンセルになったことを知り、あちこち探して、私がいるホテルの名前を探り出したのです。英語ができる母ならではです。

パリでの予定を全てキャンセルして、即ロンドンに飛んできた母と会って、やっとまともなホテルにチェックインすることができました。洋服のサイズは母と同じ私です。ですが下着が全くありません。「ハロッズでパンツを買おう!」とロンドンで一番大きなデパートに行こうと提案した時、「ものは買えばいいもんね。子どもを亡くしたわけじゃないのだから・・・」と母がぽつり。一瞬、時間が止まった私でした。

母は私の姉二人を子どもの時に亡くしています。長女は2歳を越したかわいい盛り、急な発熱で抗生物質があれば簡単に助かっていたとか。次女は生まれながらに心臓の欠陥があり、生後60日で亡くなりました。40年以上も前のことを、母は忘れていないのだという事実を私はその時初めて知ったのです。

理不尽な殺人や交通事故で家族を亡くす方のことが連日報道されます。パリ便にチェックインした私のスーツケースは二日後に無事手元に戻りました。ですが事件や事故で亡くなった方々はもう二度と家族の元には戻ってはこられないのです。大きな「なくしもの」をなさった家族の心を癒すすべはあるのでしょうか。

0 件のコメント: