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2018年11月10日土曜日

心のバリアフリー

2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて街では乗り物や建物のバリアフリーの整備が進んでいる。確かに20年以上前に車いすフェンシングの活動を始めた頃に比べて、段差は少なくなり、障害者用の駐車スペースも増えてきた。

車いすの利用者が電車に乗る時には職員の方が小さなスロープを渡してくれるようになっているし、新幹線でもサポート体制は整ってきたように思える。

オリ・パラ会場や選手村のバリアフリーについて「アクセシビリティー・ガイドライン」というものがある。その基本原則の一つは「個人の尊厳を損なわない方法で大会を運営する」。つまり移動や食事、そしてトイレも車いすの利用者が一人でできるように設計することになっている。

パラリンピックに出場する、車いすを自分で操作できるアスリートなら、少々の段差でも自力で登れるだけの力もあり、自在に車いすを操って移動できるけれど、普通の車いす利用者が街の中を動くには、まだまだ不自由を感じることが多いはず。

段差をなくしたりするハードの整備はもちろん必要だけれど、障害やバリアフリーに関する意識や知識をより多くの人が身につければ、簡単な手助けも自然にできるようになる。赤ちゃんをのせたバギーも含めて、たとえバスの乗り降りに少し時間がかかったとしても、周りの人がゆったりとそれを受け入れてくれれば、車いすの人ももっともっと気楽に街に出られるようになる。まずはみんなで心のバリアフリーを心がけることからスタート、かな。


2018年5月19日土曜日

人身事故

乗っている電車が突然止まる
人身事故発生
ザワザワする車内

「人身事故」という情報がもたらされ
電車が止まった理由は理解した

「急いでいるのに・・」
「なんで、今、この電車で・・」
「ついてないな・・」

乗客の胸のうちには色んな想いが

多分、一つの命が消えてしまった
その場で
それに想いを馳せる人はいるのかしら


遠い国のテロで数十人が亡くなった
自然災害で被害者がでた

人の死が情報として届けられるとき
私たちの固いこころは閉じたまま

干からびたこころに水をやって
柔らかくしておかないと・・・


2016年6月24日金曜日

イメージ作り

15年近くも前の車いすフェンシングの海外遠征の時、試合前日に監督が言いました。「今晩、試合で気持ちよくポイントが取れるイメージをしっかり作ること」

翌朝、フェンサーの一人が「監督、どうしても相手から突かれるイメージしか浮かばなかったのです・・・」と。「アホッ!」と監督。その日の試合はぼろ負けでした・・・

リオオリンピックのトライアスロン日本代表となった京都出身の上田藍さん。2006年から「オリンピックで金メダルをとることができました。ありがとうございます」という文章で始まる「感謝日記」を毎日続けているのだそうです。未来のことを過去形でつづることで、イメージが現実に近づくと信じているのだそうです。

「願いがかないました、ありがとうございます」と祈るようにと教えられたことがある私です。「願いをかなえてください」ではないことが不思議でした。でも自分の中に確固とした信念、イメージを植え付けるためには、「願いはすでにかなっている」と思う方がより強い祈りになるようです。

上田さんのご両親は手書き友禅の職人さん。お父さんは、藍さんがリオでメダルととって、天皇・皇后両陛下にお目にかかるときに着ていく着物を製作中とか。親子の夢はしっかりかなっているのですね、きっと。

2015年10月31日土曜日

成仏

成仏(じょうぶつ)とは


  時の移ろいとともに、ある人をめぐって
きれいな思い出だけが残されてゆくということ

亡くなった人を懐かしく思い出したり
懐かしく感じるようになる

生きている私たちの心の動きが
亡くなった人たちの成仏につながっていく

素敵な解釈に遭遇しました


2015年7月31日金曜日

ロボット

ソフトバンクが売り出した人型ロボット「ペッパー」が6月20日の発売日、1000台がたった一分で売り切れたとか。本体価格19万円のこのペッパーくん、相手の感情を読み取って簡単な会話ができるのだそうです。

販売が中止になったソニーの子犬型ロボット「アイボ」の飼い主たちのために、元技術者たちが修理をしているというニュースを見たこともありました。久しぶりに手元に戻った修理されたアイボを涙を流しながら迎えた飼い主さん。家族なんですね。

わが家にお掃除ロボット、ルンバがやってきたのは2012年のこと。けなげに(?)あちこちを動き回る姿に、ついつい声をかけている私に気づいて、自分自身あれれ・・・狭いところに潜り込んで、身動きできずに「ウーンウーン」ともだえている(?)ルンバに「ばかね」なんて話しかけているのです。

発売前にペッパーくんに対面した朝日新聞の女性記者が書いていました。「愛してる」と言ってみたら、「とうぜんですよ」と返された、と。認知症で会話ができなくなったお母さんのことを思い、こんなロボットがいてくれたら、お母さんの最晩年が違ったものになっていたのでは、とのコメント。同じ状況を経験した私にとって心がドキンとする文章でした。

人間関係が希薄になっていると言われる現代。ドンドン進化するロボットが人々の心を慰める存在になっていくのでしょうか?未来はいかに・・・でもおしゃべりは人間同士がいいな・・・

2015年7月29日水曜日

「鳥に気持ちはあるの?」

NHKラジオの「夏休みこども科学相談」。今年も家にいる時はけっこう聞いています。

「鳥に気持ちはあるの?」という質問。回答者はカラスを例にあげて「子育てしているカラスは子どもを守るために、とても怖くなるよ。それと、カラスは雪のスロープで背中で滑っていることもあるよ、これは楽しんでいるって考えられるよ」というコメント。

いつもは一つの質問の回答者は一人ですが、この質問には、北海道旭川市の旭山動物園の前園長が、「動物園の鳥たちも、えさを欲しい時にはからだをぶつけてきたりするよ。同じ種類の鳥でも、おとなしい鳥もいるし、賑やかな鳥もいるよ。性格が違うのがよくわかるよ」と回答。

次は植物担当の回答者、「植物は手でやさしくなでるとそれがわかるよ。大きな花が咲いたり、大きくなるよ。でもことばはわからないらしくて、なでる時に悪口を言ってみたら、それでも植物は元気になったみたいだよ」。

「気持ち」って何でしょうね。鳥にも植物にも気持ちはあるのかな。

2013年8月5日月曜日

「あなた」との時間

ず~っと前のこと。アメリカ、サンディエゴの「お母さん」に会いに行ったときのこと。

今のようには簡単に接続ができず、ローミングに四苦八苦してメールをチェックしていた私。仕事のあと、学生時代にお世話になった家でゆっくり過ごしていた・・・はずなのに、お母さんに言われてしまいました。「コンピュータを持ってくるようになってから、一緒にいるのに気持ちがここにない時があるみたいね」って。私の訪問を楽しみにしてくれている「お母さん」のそのことばにどきっとした私でした。

先日の新聞の投書コラムに、子育て中のお母さんが携帯電話を解約して半年がたった、と書いていました。赤ちゃんを育てる日常を、社会から隔絶され、取り残されるようで不安だったと感じていて、メールやSNSに没頭していたこと。2歳になったお譲ちゃんが、お母さんが携帯をさわると、退屈そうな不安そうな「何とも言えない表情をした」と感じたこと。子どもとの「今」を大切にするためにも、「大人中心の人間関係や時間感覚に身を置くのはもったいない」と思って携帯を手放したこと。

バスや電車の中で、スマホや携帯に夢中になっているお母さんの横で、つまらなそうにしている子どもを見るたびに感じていた違和感。この投書のお母さんは、それに自分で気づいて子どもたちとの時間をもっと大切にしようとしたのです。

便利なものが簡単に使える世の中だからこそ、何か忘れ物をしてしまいがちな私たち。目の前にいてくれる人が一番大事なんだよ、って、この投書は教えてくれています。

お母さんは文章をこんな風にまとめています: 「時代の流れについていけなくなるかもしれない。だけど、ほんのひとときのことだから、子ども世界という異国に移住した気持ちで、長女と1歳になる長男の2人の子育て期間を満喫したいと思う」

2013年3月29日金曜日

ゴミ出し

母を在宅で介護していた頃、燃えるゴミの収集日、収集車の音が聞こえると、「ありがとうございます」と心の中でつぶやいていた私でした。寝たきりになった母の介護は「おしめ」がなくてはならないものでした。使用済みのおしめをゴミ収集車で持って行ってもらえるからこそ、安心して使っていられました。

先日、朝の散歩の折、小さな公園のゴミ集積場に、背広を着た男性が近づいてきました。ネットの中にゴミ袋を入れ、軽く手を合わせていらっしゃったのです。

予期しない光景に、しばらくたたずんでいた私でした。

ゴミを持って行ってもらうことには感謝していた私でしたが、ゴミ袋を出すとき、あの男性のように「感謝」を表してはいませんでした。

小さなことに感謝の心が持てる、それを自然に表せるこの男性に敬服します。

2013年2月13日水曜日

「いのちがいちばん輝く日」

滋賀県近江八幡(おうみはちまん)市にあるヴォーリス記念病院ホスピス病棟での記録映画。 http://inochi-hospice.com/ 静かなナレーションが日付を告げながら、40日間のホスピスの日々を淡々を写し出します。

朝の祈りから始まる病棟ミーティング。クリスマスや小正月(こしょうがつ)には、ボランティアも一緒になって、病棟が華やかな雰囲気に包まれます。愛犬の訪問に笑顔を取り戻した老婦人。その様子をデジカメで撮影したスタッフは、即座に記念の写真リーフレットを作ってベッドの元に届けました。

骨転移が耐えられない痛みとなった高校の音楽教師、入院後、痛みがコントロールされるようになって、笑顔も出るようになります。東京に住む次男夫婦に生まれた赤ちゃんの顔を見たい、その本人の希望を叶えるために、ホスピス長の細井順先生を始めとして、スタッフ全員が心を配ります。

新幹線の特別室で横になりながら東京に向かい、ホテルで待望の赤ちゃんに対面。そっと腕に抱きかかえた時の、その方の穏やかな顔。それから程なく迎えた旅立ち。身近に住む子供、孫、全員に囲まれます。最後まで患者さんにやさしい言葉をかけながら、診察をする細井先生。泣きながらおじいちゃんの手を握る幼い子どもたち。

その後、家族とスタッフがともに故人を偲(しの)ぶ「お別れの会」が開かれます。そこで細井先生は、旅だった人が家族みんなのこころにいて、みんなを励まし、力を与えることをお話になるのです。チャプレン(病院勤務の牧師)の祈りが別れの時を締めくくります。

死を見つめる時間を過ごす患者たち、そしてそれを支えるスタッフ。穏やかな映像だからこそ、途中で胸が苦しいと感じてしまった私。でも、一杯流した涙のお陰で、とても静かな気持ちで映画を見終えることができました。



2012年3月6日火曜日

3月11日


2012年3月11日、あなたはどこでどうしているでしょう?

「ほぼ日」にこんなコラムがあります。それぞれの3月11日


それぞれでいいのです

日常のままでもいいのです

2011年の3月11日のこと

犠牲になった方々のこと

避難生活を送っている方々のこと

祈りのこころとともに思い出す

そのひとときを持ちたいものです

2012年の3月11日には



2012年1月11日水曜日

別れ

娘の「ばいりんぶろぐ」に長編のコメントが掲載されました。日本語・英語、それぞれにとっても長い文章です。娘にとって、大切な友人との別れから丸一年。自分自身の気持ちが徐々に整理されてきて、友人に心から「ありがとう」が言えるようになったようです。

私のアメリカのお母さんも去年の2月に亡くなっていました。一人暮らしでした。マメに連絡をしていなかったので、最近までそれがわからなかった私です。彼女の名前をインターネットで検索した娘が、お悔やみのページでお母さんのことを見つけてくれました。94歳、最後まで自分の家で過ごして、静かに旅立った様子がわかりました。

自分が年齢を重ねて来ると、出会いよりも別れが増えてくるように感じます。でも、以前と違って、別れそのものが「おしまい」と思えないのです。「もう会えない」、でも「いつでも会える」と感じられるのです。母もそうです、アメリカのお母さんもそうです。父も祖父母も、みんないつでも会えるのです。

私の人生で出会った大切な人たち。「別れ」が「別れ」でないことを教えてくれています。


・娘のブログ、このページの右下の「ばいりんぶろぐ」をクリックしてください。
・今日の写真は、私が学生時代を過ごしたサンディエゴのお母さんの家です。

2011年12月12日月曜日

カウンセリング

1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災。その2週間後ぐらいだったと思います。友人からの連絡があり、通訳のボランティアができないか、というものでした。アメリカの心理学者たちが被災者のカウンセリングのために日本に来る予定を立てているというのです。

「そりゃ無理だな・・・」と思いました。被災してまだ時間がたっていない状態で、それも通訳を通したカウンセリングは、受ける人にとって辛いだろうな、と思ったのです。結局、その計画はなくなったようです。

カウンセリングは技術を身につけなくてはいけない仕事で、かつ経験が必要です。クライアントの状況を冷静に観察しながら、こころの問題をほぐしていかなければなりません。ですが、マニュアルに沿っただけのカウンセリングであれば、それは決してクライアントのこころに届くことはないはずです。カウンセラーの「思い込み」があったりする場合はなおさらです。

先日の早朝、何気なくラジオのスイッチを入れたら、「被災者の方と一緒に泣いてしまったのです。本当に二人で泣きました。でもそのあと、被災者の方も私も、とても気持ちがすっきりしたのです。初めて本物のカウンセリングをした気持ちになりました」と聞こえてきました。

東京大学社会学部教授の玄田有史(げんだゆうじ)さんでした。希望の社会科学、つまり「希望学」を提唱していらっしゃる方のようです。

寝ぼけていましたから、はっきり覚えているはずはないのですが、なぜか「一緒に泣いた」というところを鮮明に覚えています。被災者の方の苦しみにそっと寄り添った、その姿を思い浮かべることができたからだと思います。これこそがカウンセリングの真髄です。

2011年10月24日月曜日

見て見ぬふり

友人が話してくれました。狭い一方通行の道をゆっくり車で走っていたら、前を歩いていたおじいさんの頭が急に視界から消えたのです。崩れるように道にうずくまったおじいさん。とにかく車のハザードランプをつけて、飛び降りておじいさんに駆け寄ったとか。

ことばは話せたおじいさん。全身の力が抜けて動けません。道の真ん中では危ないから、引きずるように道ばたに動かして、そして車も路肩に寄せて・・・その間、通りがかりの人は、誰も手を貸してくれなかったそうです。

近くに住んでいることがわかり、車に乗せて送っていくと、そのおじいさんのお宅(豪邸だったとか)の前に女性が立っていました。一人暮らしのおじいさんの世話をするヘルパーさんでした。そのお宅の方であることも確認でき、とりあえず、一件落着でホッとした・・・と友人の話。

先日、中国で、2歳の女の子が車にはねられ、誰も助けないままに、再度、車にひかれた状況が監視カメラの映像に詳しく映っていたことがニュースになりました。その女の子を助けたのは、あたりに住んでいたホームレスの女性。中国中で、人々の「見て見ぬふり」を非難する声があがっているとか。

急激な経済成長を遂げた中国は、拝金主義が充満する世の中での道徳心の低下が問題視されています。共産党も、人々のこころの問題に踏み込んだ政策を講じるのが急務だと考えているようです。

日本も同じなのでしょうか。3・11以降、人の優しさに触れる機会も増えました。ですが、日々の生活の中では、突然の状況が生じた時、まだまだ「見て見ぬふり」をする人が多いのも事実です。

今回、友人のそばを通り抜けた人たちも、「次」の時には手をさしのべよう、と思うこころが芽生えていてくれるように、と願います。


PS: 22日朝刊に、この中国の女の子、悦悦(ユエユエ)ちゃんが亡くなったとありました。寂しい結末です。

2011年9月5日月曜日

お辛いですね・・・

4日お昼のNHKテレビのニュース。山崩れで自宅が壊れてしまった女性に記者がインタビューしていました。

3日の夜、避難していた場所でも聞こえるような大きな音がしたというのです。4日の朝、自宅を見に来たら、土砂に埋まっていたとか。

「もうどうしていいのかわかりません」と言った女性に、「お辛いですね・・・」という記者の声が入りました。

すさまじい自然の力で破壊された人間の生活。それを仕事として取材するこの記者が、被害を受けた女性に寄せた暖かいこころがフッと伝わってきました。

想像を絶する被災地の情景です。深い山の中に住む方々にとっての大切な道路があちこちで途切れてしまいました。紀勢線の鉄橋も流されてしまいました。街すべての機能がなくなってしまったところもあるようです。

私たち一人一人が、全ての被災者の方々に「お辛いですね・・・」という気持ちを届けたいものです。

2011年5月24日火曜日

悟り


   「悟り」って何だろう。
   ずっと考えていました。
   色んな本も読みました。
     

     自分が自分であること。
     それだけでいいのです。
     何も付け足さなくても。
     自分が自分であることに精いっぱい感謝して、
     今日も目の前にあることを一つずつ片付けていく。
     それを「悟り」というのです。


町田宗鳳(まちだそうほう)氏のホームページのトップに出てくることばです。

京都の大徳寺で禅僧として14歳から30歳まで過ごし、その後アメリカのハーバードで宗教学を学んだ経歴の持ち主。このところあちこちでお名前に出会います。ちょっとこのご縁を深めてみようと思っています。

町田宗鳳ホームページ

2011年5月13日金曜日

原発供養


ウェブや本の中で、このところ内田樹(たつる)氏の名前をよく見聞きします。私が興味を持って読んでいる文章の書き手と内田氏がつながっていることが多いようです。

大震災後の文章の一つに原発供養 (内田樹の研究室)がありました。内田氏の文章は、さっさと読み飛ばすにはちょっと難しいところがあるのですが、いつも何か新しい視点を提示してもらえる内容です。

福島第一原発の事故が発生してから、原発に関して多くの意見が飛び交っています。現場で働く人々に関しての賞賛の声は早くから上がっていましたが、それに反して、東京電力や政府の対応のまずさ、情報公開の少なさは今もって非難の対象となっています。

「爆発した原発を供養しよう」という考え方。日本人が本来持つ、「こわいもの」に対して「なだめる」慣習があるのを思い出させてくれる文章です。原発を一つの「存在」として考え、耐用年数を超えて働き続けてくれ、その結果の大事故で、あたかも「悪者」として見られる現状。私たちにとって、大きな意識転換の提案です。

そして、内田氏がこの文章を書いたきっかけが作家の橋口いくよさんだったとのこと。彼女のブログを読んでみて、大震災直後からの文章にとても納得した私です。特に2011年03月16日|橋口いくよオフィシャルブログ「Mahalo Air」はこころに残りました。何も手につかない状態の中で、「祈り」を通じて原発に想いをはせているのです。

大きな災害や事故・事件があると、それに対する人々の対応の違いがとても明確になってきます。「祈り」を通して他者や私たちの周りの全てのものを想う人たちが静かに増えていること、それが発信されてきていること。すてきです。


2010年10月18日月曜日

カウンセリング

チリ落盤事故の新聞報道で、救出された作業員のあるコメントが目に止まりました。

「これ以上、どんな気持ちかと聞かないで」

心理学者への不満を、親類へ手紙で語ったものだそうです。

これを見て、思い出したことがあります。

阪神大震災直後のこと。通訳仲間から連絡がありました。アメリカのカウンセラー達が神戸に来る計画を立てているので、その通訳ができないか、というもので す。地震発生後、まだ10日も立っていない頃だったと思います。わざわざ現地にやってこようとしているアメリカの人たち。でも・・・

「こんな時期に、自分のこころを話す人はいないよね。ましてや通訳を通して外国の人にね」と、電話をくれた友人に話していましたが、その計画は実施されなかったようです。

アメリカはカウンセリングを受けることは多くの人にとって「普通」のことです。自分のこころの調子が悪ければ、カウンセリングを受ける、話すことで自分自身 を見つめ直そうとするのです。娘が高校時代、彼女が受けていたカウンセリングを「見学」しました。じっくり話を聞いて、そこで必要なアドバイスをするカウ ンセラーの「技術の高さ」に感心したことがある私です。

ですが、日本ではちょっと事情が違うような。まして、大きな災害直後に、何が何だかわからない時に、話すことで整理がつく人は少ないのではないでしょうか。その時に必要な援助は少し違うように思います。

震災後の寒い日々、仲間と一緒に足湯ボランティアで避難所のお年寄りの足をマッサージしました。ほとんど会話はありませんでした。足が温まり、ほっとした気持ちになって、初めてことばが出てきた被災者の方々でした。

災害被害者だけでなく、辛いことを経験している人には、何かを聞き出そうとするのではなく、「私(たち)は、ここにいますから、もしよろしければお手伝いしますよ」というこころづかいが一番なのではと思うのですが・・・

地下の閉じこめられた生活での心理学者とのやりとりがかえってこころの重荷になっていた。これは多くのことを考えさせられる事実だと思います。

2010年2月5日金曜日

信仰心

トルネード、竜巻。日本ではあまりなじみがありませんが、アメリカの中西部や南部では、毎年竜巻による大きな被害が出ています。わが家の子ども達が通っていたシカゴの公立小学校でも、毎年必ず「トルネード・ドリル」、つまり竜巻の避難訓練がありました。

シカゴ時代、テレビのニュースで、南部の大きな竜巻被害の状況を偶然目にしました。一瞬にして、家がつぶれてしまった黒人女性がインタビューを受けていました。全てを失ったであろう、その人が言ったことばは、「神さまがいてくださるから」というものでした。

大きな不幸に見舞われた時、日本人は「神も仏もあるものか」という表現を口にします。「何で私が・・・」というのも、ごく自然な表現です。それが、この女性は、その悲劇的な状況でも、「神さまの守り」を信じていました。そのテレビ画面は、今でも私の目に焼き付いています。

今回のハイチの大地震後、政府も警察も壊滅状態となり、治安の悪化が懸念されていましたが、「比較的」平穏であるのは、ハイチの人たちの信仰心によるものだろうと言われています。

国そのものがなくなってしまうかもしれないような、大災害。その中で、愛する人をなくし、家をなくし、生きる希望もなくしたであろう人たちが、「神さま」を信じ、たたえているのです。

神さまが全てを与えてくださるのだから、大きな災害で失うものがあったとしても、必ず生きるすべをくださるのだ。そう信じ切っている人たちなのでしょう。

人間の力を超えた存在を信じる人の強さ、たくましさ、しなやかさを今回も教えてもらったような気がします。

2010年2月4日木曜日

Chuckのリスト



  快:  ・ごはんをもらう時
      ・散歩に行く時
      ・ボールやおもちゃを
           投げてもらう時
      ・お客さんが来る時

  不快: ・ケージの中で留守番する時
      ・ブラッシングされる時
      ・週末、お母さんがなかなか
           起きてきてくれない時


お母さんが新聞で「犬の感情は、快と不快しかない」という記事を読んで、すごく納得しています。お母さんが今朝読んだ本にも「幸福とはこころが快適であることだ」って書いてあったそうです。

そうなんです。ごはんやスナックをもらって、ちゃんと遊んでくれれば、僕はいつでも「快」で「快適」なんですよ。わすれないでね・・・・Chuck

2010年2月3日水曜日

「言葉で治療する」

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實先生。いっぱいご本を読みました。NHKラジオの「いのちの対話」も大好きです。折にふれて先生のことばを思い返しています。

鎌田實 オフィシャルウェブサイト

鎌田先生の新しい本、「言葉で治療する」を読みました。「医療者の言葉しだいで、治療の日々が天国にも地獄にもなる。衝撃の現場を紹介しながら、鎌田医師が心と体が立ち直っていく言葉を具体的に提案する」 本の帯に書かれた文章です。

昨年週刊朝日で連載されていた記事をまとめたのがこの本。読者から寄せられた多くの声を紹介しながら、医療現場でのあるべき「言葉かけ」の姿を模索しています。

医 療崩壊といわれる現実の中で、忙しさにこころの余裕を失ってしまう医療従事者の現実が浮かび上がってきます。発達障害の子どもを抱える母親に、「冷たいこ とば」をかけた、その医師自身が、その後精神を病んでしまった。その現実に、この母親は自分のおかれた厳しい現状の中で、その医師を気遣うやさしさを鎌田 先生に伝えます。

問題は一杯あるけれど、人間のやさしさに希望をつなぐ鎌田先生です。ご本人の暖かさ、それがどれだけ多くの人を力づけ、生きる希望を与えたことか。チェルノブイリで被爆した子ども達を長年サポートし、イラクにも足を運ぶ鎌田先生。

いかに生きるべきか、それをいつも教えてもらっている私です。