2009年3月31日火曜日

うるさい日々

我が家はこのところ「うるさい日々」が続いています。急にChuckがうるさくなったのではありません。選抜高校野球が始まって以来、ラジオが鳴りっぱなしだからです。

ラジオのスポーツ放送は、動きの全てを解説するわけですから、どうしてもアナウンサーの言葉が多くなります。それもチャンスにヒットが出たりすると、興奮した大声となりますから、一瞬戦況がどうなっているのか、わからないほど。じっと放送に耳を傾けているわけではなく、聞き流している私ですが、どこの学校が勝って、どこが負けたかはちゃんと把握しています。

高校野球はトーナメントですから、負ければおしまい。一つのエラーが負けにつながったり、一本のヒットで勝ちがころがりこんできたり。野球であれば、どんな試合でも同じ・・・と言えばそれまでなのですが、私にとっては高校生独特の必死さが魅力なんですね、きっと。

それに、アナウンサーもそうなのですが、解説の人のコメントが、とにかく「暖かい」のです。選手たちのがんばっているところ、いいところをいつもほめている のです。時々は苦言(くげん)もあるのですが、それも決していじわるなものではありません。 「こういうことを学んでほしい」という先輩の気持ちがあふれています。

ワイワイとうるさい放送もあと少し。

ラジオが鳴りっぱなしの日々が春と夏、年に二回。これも我が家の風物詩(ふうぶつし)・・・

2009年3月30日月曜日

身の納まり

今朝の朝日新聞「天声人語」で「身の納(おさ)まり」 というすてきな言葉を知りました。

随筆家の幸田文(あや)の文章に、「若い者に、自分の安らかな余生を示して安心を与え、良い技術を受け継いでもらわなくてはいけない」と出入りの畳職人が言った、とあるそうです。

安らかな余生が「何もしない老後」という意味であるなら、ちょっと抵抗がある私ですが、人生の年輪を重ねてきた人が、その人らしく、しゃっきり生きている姿は、若者だけでなく同年齢の人にとっても魅力ある存在だと思います。

しかし天声人語では、今はこの「身の納まり」がつけにくい世の中であると指摘しています。どんなに元気であっても、経済的に安定していても、人は必ず誰かの手を借りる時期がくるはずです。京都新聞の連載「命ときめく日に」の中では、介護をする人のことを「つなぎびと」と呼んでいましたが、私達みんなが、この「つなぎびと」になんらかの形でお世話になる時期があるはずです。

「老後」まっただ中の人たちと同じく、この「つなぎびと」である、家族や介護従事者が現在の制度の中で翻弄(ほんろう)され、もがいているのが現実なのです。先日の群馬県での高齢者向け住宅での火災で、身よりのない方々が亡くなったことも、私達に現実の厳しさを教えているのだと思います。

私達一人一人が自分の老後を考えるとき、他者とのつながりの中で、どのように生きていきたいのか、それをしっかり自分に問う必要があるようです。「老後」という言葉に抵抗している私自身、この「老後」をいかに生きていくか、生きていきたいかを、もっとしっかり考えなくてはいけないと思いました。

天声人語は最後を以下のように結んでいます。

望むのは贅沢(ぜいたく)ではなく「尊厳のある老後」である。翻訳すれば「身の納まり」という、つつましい言葉にほかならない。それに応(こた)えるきめ細かい助けの網が、この社会にほしい。

2009年3月29日日曜日

神戸の一日


























神戸の山手、レトロな洋館
前日にオープンしたばかりの
スターバックスの店内

母はショートステイ
2万歩以上歩いた神戸の一日

2009年3月28日土曜日

2月27日のに続いて「漢字一文字(ひともじ)タイトルシリーズ」の第二弾。

息をしているから私達は「いきている」
息を整えることは、自分自身を整えること
息という漢字は「自(みずか)らの心」と書く

息を思いっきり吸い込むと身体がリラックスします。意識的であっても、無意識であっても、身体の中に酸素を一杯取り入れることで、私達はスッキリします。

「あくび」「深呼吸」そして「笑い」、この三つは、息を一杯取り入れるための大事な方法です。この三つが「きらい」という人は誰もいません。私達の身体にとって大事なことだから、その大切さをちゃんとわかっているのです。

一杯息を吸って、こころも身体もリラックスして、楽しいことを一杯探して毎日を過ごしていきたいものです。春の明るい太陽の下、身体が喜ぶことをやってみるのはいかがですか?

2009年3月27日金曜日

イチローの壁

WBC:ワールドベースボールクラシック。二連覇しましたね。

最後はイチロー。さすがですね。・・・というより、今回の「大不調」を乗り越えた彼の姿が印象的でした。やはり「絵」になりますね。去年の7月30日、彼の3000本安打の日、記録達成したあとの、照れたような彼の顔を今でも思い出します。イチロー

優 勝のあと、NHKのラジオで「壁を乗り越えたイチローの精神力」について、専門家にコメントを聞いていました。夕食の準備をしていたので、しっかりは聞い ていなかったのですが、どんなに不調が続いていても、最後にあのようなヒットが打てるイチローは、「自分はできる」というイメージを最後まで持ち続けたの だろう、というようなことを言っていました。

「痛覚では感じられない痛みを感じた」と発言したイチローは、大不調が続く中、「折れそうになる心」を抱えながら、必死で自分を保とうとしていたのでしょう。これでもか、これでもか、と打てない打席が続く中での心情はいかばかりか、と思います。

前述の「心理学の専門家」は、「日本社会では、自信を持って発言する人の出鼻(でばな)をくじく傾向がある。たとえそれが、実現不可能な夢を語っているようであっても、もっと私達はその人を励ますようにしなければいけないと思う」というコメントをしていました。

「やれる」「できる」という気持ちがなければ、何事も絶対「できない」のは事実。その確信をどこまで持ち続けられるか、それが問われるのですね。イチローですら、想像できないほど追いつめられた状況で自分と戦い続けたのです。

もうダメかな・・・まだ大丈夫・・・でもやっぱりだめかな・・・もう少しがんばろう・・・

自問自答している人を見たら、「大丈夫、がんばってね」と声をかけたいと思います。もちろん、自分自身にも・・・

2009年3月26日木曜日

ここにも、あわてんぼうが



ちょっと咲いてみたけれど
岩倉はまだまだ寒い寒い・・・
しばらく休憩・・・

2009年3月25日水曜日

ゆっくりね・・・

1月19日、Chuckの早XXで、Chuckがリビングで走り回る時の「おとしもの」について書きました。ケージの中でのウンチとシッコを確認してから「外」に出してはいるのですが、まだ「おとしもの」を見つけることが・・・

先代のクッキーは、自分のトイレがあれば、よそのお家でもどこでも、全く失敗のない犬でした。エサとトイレと一緒に気楽にどこにでも預けられる犬でした。人なつっこさも天下一品でしたから、「預かりたい」希望者は事欠かず・・・

比べてはいけないのは充分わかっていたつもりでしたが、Chuckの「おとしもの」に関しては「いつまで失敗するの!」と少々いらついていました。

久しぶりにトリマーさんと電話でおしゃべりした時、「クッキーを目標にしてはChuckがかわいそうですよ。メスとオスの違いも大きいですからね。」と言われました。そして「長い目で見てくださいね」というアドバイス。

そうなんですよね。わかってはいるのですが、ついつい「またやったな!」と声を荒げてしまうのです。子育てと全く同じ「子犬育て」。あわてないことがまず第一。再度、肝に銘じることにしましょう。

「メスとは違う楽しさがオスにはありますよ。それを楽しんでくださいね。」

動きが速いChuckに負けないように、私もがんばろうっと!

2009年3月24日火曜日

腹筋ポコポコ

みなさんは、おなかを引っ込めたり突き出したり、自由に動かすことができますか?おなかを引っ込める時に、意識的に息を吐き出して、連続何回できますか?座った時、横になった時、どんな時でもこの動作ができますか?

発声訓練を受けていた時、最低20回は続けてくださいと先生に言われ、おなかの筋肉がヘロヘロになった私でした。若い時からずっと声楽を続けていらっしゃるその先生に、「今まで便秘になったことありますか?」と伺ったら、「全くありません」という返事でした。

腹筋を鍛える、単に美容のためだけでなく、お通じにも大切です。母を見ていると、それを痛感します。

「き ばって!」と声をかけても、「うーん」と声が出るだけで、全くいきむことができません。腹筋がなくなっているからです。食べるからには、出さなきゃ・・・ と思うのですが、本人は、お通じがなくても、平然としています。お年寄りの身体介護で「便通管理」がいかに重要か、身を以(もっ)て体験しています。

腹筋がしっかりしていると、腰痛(ようつう)予防にもなります。身体を支えるのにも大切なおなかの筋肉。みなさんも20回腹筋ポコポコやってみてください!

2009年3月23日月曜日

年輪経営

このブログのスタートから約一ヶ月後、昨年の5月28日の書き込み、100年カレンダーの本物が日曜日のNHKテレビに出てきました。新聞記事には会社名がなかったのですが、この100年カレンダーを社内のあちこちに張り出しているのは、2007年「グッドカンパニー賞」の最高賞を受けた、信州の寒天メーカー、伊那食品工業という会社でした。

かんてんぱぱのホームページ:会社概要:

48年連続の増収増益を記録したこの会社の会長、塚越寛さんの著書「リストラなしの年輪経営」がNHKのプログラムで紹介されていました。不況に左右されない会社をつくる経営哲学を語るこの本が、目下よく売れているそうです。

本の表紙には「いい会社は“遠きをはかり”ゆっくり成長」と書かれています。好景気に浮かれることなく、一年一年、少しずつ成長を続けることこそが、安定した経営だという趣旨の本だそうです。

この会社、従業員を第一とし、会社内の大きな金庫には、創立以来の全従業員のアルバムが大切に保存されていました。2年に1回は海外への社員旅行をし、社 宅を安く提供し、転勤も従業員の家族の都合を第一に考えるとのこと。学齢期の子どもがいる社員は転勤させない。子どもにとって、慣れ親しんだ学校を変わる ことが一番辛いから、というのが社内人事で考えられているというのです。

大きな不況を経験している今、この伊那食品工業のように、社員を大事にする会社が注目されるようになっています。長年、地道に経営理念を持ち続けた会社だからこそ、会社も社員も、そして顧客も全てが満足できる状況を作り出しているのですね。

「100年カレンダー」を思わぬ形で目にすることができました。新聞、インターネット、ラジオ、テレビ、本、あちこちで「フッと」目について、こころに止 まった事柄が、また違う場所で出て来ることが頻発(ひんぱつ)しています。まるで「見えない何か」が「これも見てごらん」と教えてくれているような・・・この不思議さを楽しんでいる私です。


PS:伊那食品工業に寒天を注文すると、従業員の手書きのお礼状が同封されるのだそうです。事務職員だけでなく、工場のスタッフも、手が空けば、この「お礼状書き」に参加するとか。「ありがとうございます」のこころが行き交(か)う会社なのですね。

2009年3月22日日曜日

開花宣言

日本の春は桜の開花で本番を迎えます。寒いうちから「今年の桜は・・・」という言葉が聞かれるのですから、日本人と桜の関係は、外国の人からは不思議に思うほど「濃密」なもののようです。

昨日、東京で桜が開花。気象庁の職員さんが、東京の「標準木」がある靖国神社でチェックする様子がニュースにありました。5輪の開花があると「宣言」するということをどこかで聞きました。担当者が「咲いている」と認定すれば開花となるのです。

今年の東京の開花は、平年より一週間早く、観測史上3番目に早いと言われていますが、もし昨日の開花数が4つなら、まだ宣言されていないわけです。それと、 開花とは、どれだけ開いた花を指して言うのでしょうか。少しでも開けば「開花」なのでしょうか。それとも「しっかり」開いた状態が開花なのでしょうか。全国各地で「開花宣言」を決定する気象庁には、開花の状態に関して、何か基準はあるのでしょうか?このハイテク時代に、とても「ローテク」な感覚で宣言が出 されているような気がします。

ですが昨日のニュースで、「開花しました」との宣言に、周りを取り囲んだ人たちが歓声をあげ、拍手をしている様子は、こちらもこころ弾(はず)む情景でした。

桜とともに、今年も春が来た、ちょっと早かったけれど、明るい春になった。不景気であっても、行き先不透明であっても、春は春。開花宣言がでましたよ!

2009年3月21日土曜日

3月のこぶし

     3月のこぶし
     ちょっとあわてていませんか?
     来週は寒くなる予報ですよ
あまり開きすぎないようにね!

2009年3月20日金曜日

内橋克人

NHKの放送文化賞を受賞された内橋克人 (うちはしかつと)さん。神戸新聞社の記者を経て、60年代後半からフリーで経済を中心として評論を続けている方です。

1995年の阪神大震災後、ご自身の被災体験を元に、多くの提言をなさっていた頃から、お名前が何となく気になっていました。弱者の立場を尊重したコメントで、現在の経済危機を早くから「予言」されていました。

受賞記念のインタビューを聞きました。その中で、内橋さんのラジオに対する発言が特にこころに残りました。

音声だけで情報を伝えるラジオは、聞き手が自分の過去の経験を踏まえながら、こころの底で理解し、将来をも見通す想像力を働かせる。「ことば」の背景を聞き取る、高度な精神作業がなされている。映像では、つかみきることはできない、「こころ」や「魂」の働きがそこにある。

今後も「火の見櫓」(ひのみやぐら)にたち続けて、半鐘(はんしょう)を鳴らす人であり続けたいという内橋さん。大病からの復帰後の今回の受賞。これからもがんばってください、という多くの人たちからのメッセージなのだと思います。

内橋克人氏インタビュー全文(『朝日新聞』2009年2月23日付朝刊オピニオン欄掲載)

2009年3月19日木曜日

どなた?

母は「スイッチ」がオンになっている時、
部屋に入る私に「どなた?」と聞くことがあります。

今朝、その質問に私が聞き返しました。

「誰だかわかる?」

無言の母でした。

以前なら「わかっているわよ!」と切り返していたのですが・・・

2009年3月18日水曜日

でっかい「ハグ」

シカゴに住んでいた頃、近所に住む娘の友だちのお母さんと仲良くしていました。180センチを優に越すたっぷりした彼女。「肝っ玉母さん」(きもったまかあさん)の風貌でした。女の子が4人いる専業主婦。家族のこと、学校のこと、ご近所のこと、教会のこと、何でも一生懸命でした。

日本に戻った後も、シカゴに行くたびに、必ず連絡していました。おしゃべりがしたいのはもちろんですが、出会った時と別れる時の彼女のハグが大好きな私なのです。

ふんわりした彼女の大きな身体に、すっぽり包まれてしまうような、そんな感覚です。まさに「お母さん」に抱かれているような・・・

今朝のニュースで、宇宙ステーションとドッキングしたシャトルから、宇宙飛行士の若田光一さんたちが、宇宙ステーションに乗り込む場面が放映されていました。宇宙で長期滞在していた宇宙飛行士たちが、次々にシャトルの乗組員とハグしているのです。

何ヶ月ぶりかに会う「違った顔」。その感激はひとしおでしょうね。女性飛行士の長い髪が無重力で大きく揺れているのが、彼女の心を表しているような気がしました。

素晴らしい再会には、やっぱり「ハグ」ですよね。

またハグしてほしいな・・・
肝っ玉母さんに・・・


PS:若田光一さんの公式ブログ若田光一 宇宙ブログが開設されています。これからの3ヶ月間、いろんなメッセージが届くのでしょうね。

2009年3月17日火曜日

ちょっとChuck!









ちょっとChuck!
何くわえてんの



プラスティックのフタ
カシャカシャかんで、約一時間

私が「ちょうだい」と手を出すと
イヤン!!

自分でみつけた新しいおもちゃ
誰にもあげないよ・・・って

2009年3月16日月曜日

デジタルネイティブ

新しいテクノロジーが普及すると、それを使いこなせる人と、そうでない人との「差」が生じてくるのはまぎれもない事実。近頃のNHKのラジオでも、投稿募集をするのに、まず案内するのはインターネットの方法。次がファックス番号、そして最後に郵便番号を知らせるのです。朝の番組の中でも、投稿された画像を見ながら、全国の天気を放送しています。「コピューターって何?」と思っている年配の方々には、全くのチンプンカンプンの内容でしょうね。

2006年以降、使われるようになった言葉 「デジタルネイティブ」。幼少時代からインターネットに親しんでいる世代のことを指します。

もともと「ネイティブ」という言葉は「その土地の人」「その国の言語を第一言語とする人」という意味ですから、「デジタルネイティブ」も「デジタル社会に生まれ育った人」という解釈もできそうです。

そして、その世代より前の人のことを「digital immigrant デジタル移民」と呼ぶ言葉があるそうです。この解説を英語のWikipediaで読んでみました。ウフフ・・・と思える内容がありました。

「移民」とは、「新しい国を意識的に選び取った人」のことですから、「デジタル移民」もデジタルの世界に自分の意志で飛び込んだ人のこと。

「移民」は、新しい国の言葉を不自由なく話していても、どこかにアクセントがあるもの。それと同じく「デジタル移民」も、往々にして昔のクセを残していて、イ ンターネット上で探し出した情報やメールをプリントアウトして紙媒体にしないと何となく落ち着かない、そういう人たちだそうです。

・・・と言われると、確かに、ついついプリントアウトしているな私も・・・と思い当たります。

さらに、昔のクセがより強く残る人は、メールを出したあとに、届いているかどうか、電話で確かめるというのです。以前は、よくありましたね。「メール届いた?」という電話が・・・

ファッ クスが普及し始めた頃、原稿が戻ってくることにどうしても納得できずに、何度も何度も送信を繰り返したお年寄りがいた、というエピソードを聞いたことがあ ります。「何で紙に書いた文字が電話線を通して送れるの?」という疑問を持つと、まじめな人は、根本的な原理を理解しないと納得できないでしょうね。

インターネットやメールにしても、「何でこんなことができるの?」と考え出すと、わからないことばかり。私は「できることはできる。理由は知らない」と言い切る「デジタル移民」ですから、「デジタルネイティブ」のようには使いこなせなくても、悩むことはまずありません。

このブログもまだまだわからないこと、できないことが一杯。ぼちぼちと、これからも・・・

2009年3月15日日曜日

「おくりびと」 私達の場合

1985年10月13日。生涯病弱だった私の父が亡くなりました。呼吸器系のトラブルが続き、最後は人工呼吸器を使用していて、気管切開のため、言葉を発することはできませんでした。

当時シカゴに住んでいた私達、父の容態を気にしつつ、なかなか見舞いにも帰ることができませんでした。母が電話で「せめて東京あたりに住んでいてくれたらね・・・」と言った言葉が気になって、思い切って子ども二人と私が帰国することに。

容態が悪化していた父が、孫二人(当時小4と小2)を見て、こぼれんほどの笑顔で迎えてくれました。それから2週間、とても安定し、一旦シカゴに戻ることを考え出した日の翌日、父は亡くなりました。

祖父の死を聞かされた孫二人、生まれてこれほど泣いたことはない、というように大泣きを続けました。全くなぐさめようのない二人の悲しみ方でした。「小さい時から大好きだったおじいちゃんが死んだ」、その事実にただ泣き崩れていた二人でした。

ですが、翌日、葬儀の準備が進んでいる中、写真の父に向かって「じいちゃん、おはよう」と挨拶していた二人です。何かが吹っ切れたのか、いつものように祖父に向かって話しかけていました。

その後、シカゴに戻る日を決め、帰国の準備をしているとき、子ども達が「じいちゃんをシカゴに連れて帰る」と言いだしたのです。お寺にお願いして、小さな骨壺に分骨をしていただきました。その包みを大事そうに抱えて飛行機に乗り込み、機内で足元に置いたその骨壺に足が触れると、「じいちゃんごめんね」と話し かけていた二人でした。

そのころ、私達はシカゴ郊外の街に住んでいて、近所のルーテル教会の礼拝に、ほぼ毎週通っていました。牧師様をはじめとして、素晴らしい仲間に恵まれ、親も子も教会生活を楽しんでいました。

私達の帰国後数日たって、牧師様が我が家を訪問してくださいました。リビングには一緒に帰ってきた骨壺と写真、小さな位牌(いはい)、そしてお線香立てとお 鈴(りん)を置いた「祭壇」が作ってありました。その前で、お線香をあげて、お鈴を鳴らして、祈ってくださった牧師様が、「亡くなった人に静かにに話しか けられる、何ともすてきなセッティングですね。」とおっしゃったのです。

アメリカではお葬式が終わって、遺体を埋葬すると、家族に残された個人を偲(しの)ぶものは、写真や遺品だけ。日本のように、「形式」と整え、そこで個人を偲ぶ方法がいかに、心がなぐさめられるか、牧師様はそうおっしゃるのです。

この世での別れとなる「死」を充分に悼(いた)み、悲しみを表現することは、残された人にとってとても大事です。そのためには「儀式」や「形式」が大切であり、悲しみを共有してくれる人が必要です。そして、亡くなった人の魂が私達の心にしっかり生きていることを確認する作業が何よりも重要な気がします。

今でも父に話しかける私です。そして子ども達も同じように「じいちゃん」との会話をしているはずです。父は今も私達と一緒に生きている、そう思います。

2009年3月14日土曜日

雨降りの土曜日

外は雨、そして風
薄暗い土曜日の朝

玄関先のビオラの写真でコラージュ作り
心はお先に晴れ模様

2009年3月13日金曜日

久石譲

私のテレビタイムは母の部屋にいる時。今朝も朝ご飯を片付けようとしていて、NHKテレビに久石譲さんが出ているのを発見。ちょうど「おくりびと」のテーマが流れていました。「おくりびとフリーク」の私としては、見逃すわけにはいきません。

映画「おくりびと」ではチェロとオーケストラで演奏されたこのテーマ曲を、久石さんのピアノソロで初めて聞きました。テーマのメロディーが静かに語りかけてくるようなこの演奏、すてきでした。

久石譲さんに関しては、宮崎駿(みやざきはやお)監督のアニメの音楽を作っている作曲家であるのは知っていました。耳馴染んだテーマソングの数々、すべてが久石さんの作曲なのです。

映画のシナリオを手にして、その場面のイメージを作りながら作曲すること。せりふがある場面では、そのせりふの邪魔にならず、話す人の心の内面も表現するような曲を作ること。今回の「おくりびと」の曲も含めて、発表された作品は、作曲家久石さんの手を離れて、「ひとりだち」した存在であること。「次」の作品に向けて、いつも自分自身をリセットして取り組んでいること。

長年の音楽活動の中での努力、そしてそこからにじみ出る静かな自信、それを画面から感じました。

番組の最後に、目下取り組んでいる「The End of the World」(番組ではジエンドオオブザワールドとカタカナの音声で紹介されただけでしたが)という作品について久石さんが語った言葉がとても印象的でした。

「9.11以降、世界中、すべてが混乱している現在。新しい価値観が生まれる時まで、希望をもって進んでいきましょう。そんなメッセージを届けたいのです。」

音楽を通して、新しい世界に目が向いた久石さんだからこそ、多くの人の心に届く名曲が次々に生まれるのですね。

ウェブで見つけた久石さんの音楽です。久石譲-風の谷のナウシカ (風の伝説)

2009年3月12日木曜日

KAIZEN

「KAIZEN」という日本語が英語でも使われる場面があると以前聞いたことがあります。日本の製造現場の効率性の高さを象徴したエピソードだと思ったものです。ですが現在、「KAIZEN」が必要なのは日本の社会そのものなのかもしれません。

今朝のビジネス展望で興味あるエピソードを聞きました。この不景気の中で、人員削減をしないでがんばっている中小企業を紹介していたのです。特定の社名はありませんでしたが、製造業のこの会社、社員全員に会社の現状を全て公開し、改善すべき点をみんなで考えるのだそうです。

受注した仕事に追われ、不良品が多く出ても、改善する余裕がなかった好景気の時に比べ、現在は何を工夫すればいいのか、じっくり取り組めるというのです。ですから注文は減少しても、生産効率は改善しているので、収益下落がある程度抑えられるのです。

「余裕」のある今は、新商品の開発や市場開拓のチャンスだとも考えているこの会社、今までも「今の仕事がなくなることを前提とした経営」を続けてきたと言います。金型(かながた)を作るこの会社にとって、一つの産業の一種類のものだけを生産するのは、リスクが大きすぎることを充分に理解して、会社運営を続けてきたのでしょう。

そして、何より「不況だからこそ、人材は絶対に必要」という考え方に徹しているのです。リストラをしないだけでなく、苦しい経営内容であっても、新規に優秀な人材を採用して「次」に備えているのだそうです。

「不景気=リストラ」という単純な公式ではない考え方。これからの新しい時代を生き抜くには、「常識的な」考え方にとらわれないことが大切なのかな、そう思います。企業も、そして私達自身も・・・

2009年3月11日水曜日

みつ葉

たった6日間のみつ葉の成長ぶり
どこまで大きくなるのでしょうか、楽しみ・・・

2009年3月10日火曜日

カジカジ


このところ「カジカジ」するChuckです
薪(まき)ストーブのそばにおいてある「けやき」の枝

なぜかしら・・・と思っていたのですが
Chuckは歯がかゆいのです
「お父さん歯」がはえてくる時期

                         かじっていいもの、わかってるよね
                         Chuckはいい子だね・・・

       

2009年3月9日月曜日

タイ版「じゅげむ」

“クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリー ロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット”

これは一体なんでしょうか?世界一長い都市名としてギネスブックが認定したタイの首都バンコクの正式名だそうです。タイの人でも正確に覚えている人は少ないとか。

89年にロックバンドが曲をつけて以来、歌いながら国名を覚えた若者が増えたようです。

「東京」「ワシントン」「パリ」「ロンドン」 どれもすっきりしていていいですが、長い都市名もおもしろそう・・・


PS:「じゅげむ」とは、落語に出て来る子どもの名前。ついでに、この長い名前も調べてみました:
「寿 限無(じゅげむ)、寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)、水行末(すい ぎょうまつ)、雲行末(うんぎょうまつ)、風行末(ふうぎょうまつ)食(く)う寝(ね)るところに住(す)むところ、やぶら小路(こうじ)ぶら小路、パイ ポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命(ちょうきゅうめい)の長助 (ちょうすけ)」

2009年3月8日日曜日

ケア友

母の介護生活の日々、「三度の食事の世話が大変ね」とよく言って下さるのですが、大変だとは感じてはいない私です。食事の好みが近い母ですから、私が食べ たいものを作ればいいのです。固すぎるもの、油っこいものなどは避けますが、ちょっと小さく切っておけば、何でも大丈夫。すべてを食べる「完食」が続く母 です。

洗濯も「失敗」がなければ、単に一人分が増えるだけ。掃除は、完全に手抜きの私ですから、気にならず・・・家事全般が私自身に負担になっていない、そして夜はしっかり寝てくれる母だからこそ、私の介護生活はのんびり過ごせるのだと常々感じています。

今朝の朝日新聞社説に「ケア友」ということばがありました。男性介護者同士の交流会が昨日、京都で開かれたのだそうです。

現在家族を介護する人の約3割が男性。295人の男性介護者の実態調査の平均年齢は69歳。ご近所との関わりも薄く、介護の負担と炊事・裁縫などの家事に苦労している「孤独な姿」が浮き彫りになった・・・とあります。

介護生活になるまで、全く食事を作ったことのない男性であれば、日々、食べることそのものが大きな負担となるでしょうし、ましてや、介護する相手(妻や父母)から目が離せないような状況であれば、その負担の大きさは想像を絶するものだと思います。

現在の介護保険では、同居の家族がいると、調理や掃除などの生活援助が受けられません。男性介護者だけでなく、老人世帯の「老老介護」の状況には適応していないのです。

07年に実施された家庭内での高齢者虐待の調査では、加害者が息子の場合が41%、夫が16%という結果だそうです。介護の面だけでなく、仕事の面でも追いつめられ孤立した男性の姿が目に浮かびます。

今日、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」が発足するとのこと。地域ごとに、介護する男性の集まりができ、悩みを打ち明け、情報や経験を伝え合う、そんな「ケア友」を作ることが大切だと社説にはあります。

日々「手抜き介護」を続ける私にとって、このブログを読んでくださって、私の独り言を聞いてくださるみなさんが私の「ケア友」。いつもありがとうございます。

2009年3月7日土曜日

今年の冬は・・・




今年の冬は雪がまともに降らず、
スタッドレスタイヤはいたのに・・・

今年の冬は水道管が凍るような寒さなし、
細く水を出しっぱなしにする夜は一日もなし・・・

今年の冬はChuckの最初の冬、
電子レンジで暖める「チンたんぽ」と一緒に寝ていたChuck・・・

今年の冬はフードにボアがついたジャケットが街中に氾濫(はんらん)、
50%オフのセール、来年は何がはやるのかしら・・・

2009年3月6日金曜日

音の匠(たくみ)

「こちらはNTTドコモです。おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません」

このメッセージを皆さんはお聞きになっていることでしょう。この声の主(ぬし)中村啓子さんが、日本オーディオ協会の今年度の「音の匠」に選ばれました。

お聞きください、中村啓子の声

富山県出身で、標準語をマスターするために、「アクセント辞典」4冊をボロボロにするまでの独学を続けた中村さん。「明確で親しみのある声で人々の生活を明るくした」というのが、「音の匠」の選考理由だそうです。

NTTの時報、東京モノレールの車内放送、一部の金融機関のATMにも声が流れるとか。音声鑑定の専門家は「どこの出身で何歳なのか分からない」と評する中村さんの声。たゆまぬ訓練のたまものなのでしょうが、加えて、彼女の声そのものが、多くの人が聞きやすいヘルツ帯にあることが幸いしているとのことです。

留守番電話サービスの口調は、語尾が微妙に上がっています。かけた人がイライラしないようにとの工夫だそうです。一度、上記のせりふの最後のところを、しっかり下げて、断定気味に読んでみてください。とてもきつく聞こえてくるはずです。

「聞いている人に、ほっとしてもらうのが私のテーマです」という中村さん。声だけで多くの人を癒す力を持つ技は確かに「匠」の名に値するものですね。

2009年3月5日木曜日

2009年3月4日水曜日

スパルタ介護

2週間に一度、お薬がなくなるとチェックアップを兼ねて病院に行く母です。診察室までの廊下は結構長いのですが、いつも一人で歩きます。私は後から一緒について歩くだけ。

ある日その母の姿を診察室から眺めていらした先生が、「家族でないとできませんよね・・・」とおっしゃったのです。その日は途中でちょっとバランスをくずしかけた母。プロの介護者なら、バランスをくずさないように、まず手を貸して一緒に歩くはずですものね。

「バレーボールの選手」だった母は、93歳の現在も、身体能力は「それなりに」しっかり残っています。背もたれがなくてもベッドに腰をかけて長い時間座っています。寝返りも簡単にゴロゴロ。ベッドからも一人で起き出します。

ただし、足元は相当おぼつかなくなっていますから、外出時は私が前に立って、両手をつなぎながら歩きます。私は後ろ向きに歩いています。

「腰を伸ばして!」「足をしっかり前に出して!」といつも声をかける私です。雨模様の日は、特に大変なのですが、そんな時も、「しっかり歩いて!そんなにヨチヨチしているとおばあさんみたいよ!!」

いまだに「おばあさんみたい」と言われるのは嫌いな母。我が家のスパルタ介護、こんな調子でやっています。

2009年3月3日火曜日

「おくりびと」効果

映画「おくりびと」が2月28日と3月1日の二日で、週末興業成績ランキングの一位になったそうです。通常は新作映画がトップになるようですが、公開から5ヶ月後のトップは極めて異例とのこと。やはりアカデミー効果は絶大ですね。

今月18日に発売されるDVDもすでに、受注数が目標の10万枚に達したとか。「納棺夫日記」の単行本も文庫本も増刷に次ぐ増刷だそうです。すごいブームになっていますね。

2月26日のNHKクローズアップ現代でも「おくりびと」と直木賞を受賞した天童荒太さんの「悼む人」(いたむひと)を取り上げていました。宗教学者の中沢新一氏が、今、「死」を扱った映画と本が人々に受け入れられている理由を解説していました。

古来、日本の文化の根底には、死者との自然な交流があり、お盆やお正月には亡くなった人を迎え、もてなす風習があった。

人の死に際しても、形を整えて送り出す「型」があり、それが文化・道徳・倫理観の基礎となっていた。

納棺は残された人の死者に対するわだかまりをほぐす儀式として必要なプロセスであり、そこから残された人が死者を客観視できるようになる。

死を避けるようになっていた日本人の心の変化を感じる。死を通して生を考える人が増えてきた。「時が変わってきた」

経済も政治も、日本全体が自信をなくしているような現在。その中で、自分が納得できる生き方を求める人たち、特に若い人たちが増えているのも事実。「新しい時代」へのきざしが生まれてきている、そう信じています。

2009年3月2日月曜日

一人遊び



Chuckの一人遊び

ケージの中でもごそごそ・・・

おもちゃを外に出したいのかな?

あれ、ひっかかっちゃった・・・



トイプードルのきもち

こんなウェブを見つけました
トイプードル大好きさんのページです
流行のテディベアカット、我が家のChuckとは大違い
同じ犬種には見えず・・・

PS:Chuckのウェブアルバムです。 Chuck コメント付でアップしています。よろしければご覧ください。最近ビデオをアップしました。このブログにはなぜかできない・・・  

2009年3月1日日曜日

デジタルマクロ

















カメラの「デジタルマクロ」を今頃発見
超接近の写真二つ

お隣の梅の花を写してみました
脚立(きゃたつ)に乗って、手を伸ばして・・・

塀のブロックの隙間
苔(こけ)の芽が出ているのも発見!