もう20年も前のことです。久しぶりに日本に戻ってきた頃です。新幹線で東京に出かけた時のことです。
もうすぐ東京駅に到着というアナウンスがありました。「お急ぎのところ、予定到着時刻より1分遅れましたことをおわびいたします・・・」
一瞬自分が何を聞いたのか、理解できませんでした。「到着が1分遅れた。それが申し訳ない・・・」
アメリカ生活では、電車や汽車に乗ることはほとんどなかったのですが、時刻表通りに運行されること自体が珍しいのですから、少々の遅れなど何とも感じなかったのです。それが日本では1分の遅れをあやまるアナウンスがあるとは。
先日読んだ天声人語にこんなことが書いてありました。
「幕末から明治の始め、欧米から“お雇(やと)い外国人”がやってきて先進技術を伝えた。彼らを悩ませたのは、時間にかまわぬ日本人の習慣だったという。“日本人の悠長(ゆうちょう)さといったら呆(あき)れるぐらいだ”とあるオランダ人は書き残している。」
ゆったりした日本人の姿が浮かんできます。それが時間管理を徹底する日本に変わってくるのに、それほど長い時間はかからなかったようです。遅刻厳禁。時間厳守。確かにそれは大切ですけれどね・・・
「アジア時間」ということばもあります。一般的にアジア人の時間感覚はゆったりしています。会合の集合時間には遅れてくれる人がいても当たり前。待つ方も待たせる方もイライラしないのがアジア流。
アジアの一員であるはずの日本人。本来の日本人がゆったりした人たちだったとしたら、今の日本人のセカセカは、私たち日本人のDNAには反することなのかもしれませんね。
もっとゆったり過ごしたいな、そう思うのは忙しすぎる日々だからでしょうか・・・
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