2009年11月18日水曜日

民族紛争・・・そして音楽

多民族国家だった旧ユーゴスラビア連邦が崩壊していく過程で、果てしない民族紛争が1991年から2000年にかけて続きました。

ウィキペディアにユーゴスラビア社会主義連邦共和国の説明としてこんなものがありました。

 ・七つの国境 (イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、
           ブルガリア、ギリシャ、アルバニア)
 ・六つの共和国(スロベニア、クロアチア、セルビア、
           ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア)
 ・五つの民族(スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、
           モンテネグロ人、マケドニア人)
 ・四つの言語(スロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語)
 ・三つの宗教(ギリシャ正教、カトリック、イスラム教)
 ・二つの文字(ラテン文字、キリル文字)
 ・一つの連邦国家

民族同士が憎しみをぶつけ合って戦ったあと、表面上の平和(平穏)が訪れたあとも、人々にこころには不信や敵意の感情がくすぶっている・・・と感じたのはマケドニアの国立歌劇場での常任指揮者となった日本人の柳澤寿男(やなぎさわとしお)さんでした。

旧ユーゴ各地にあるオーケストラはそれぞれの多数派民族の出身者によって構成されているのだそうです。国境や民族を超えて一緒に演奏ができないかと考えた柳澤さん。2年前に「バルカン室内管弦楽団」を結成。民族の融合は不可能と思われていたこの地域で、年に一回のコンサートを続け、今年の5月には街の南北にアルバニア系住民とセルビア系住民が別れて住むコソボのミトロビツアという街で、南北の人々のこころをつなぐコンサートの開催にこぎつけました。

セルビア、コソボ、マケドニアの3民族15人の演奏家が集まって結成されたこの管弦楽団。
「最初の緊張していたが、練習の合間に菓子をつまんで雑談が始まった。信頼ができるにつれ、音の響きが変わっていくのを実感しました。」 指揮者冥利(みょうり)につきるコメントですね。

民族紛争とは全くかかわりのない、遠い日本からやってきた一人の指揮者。音楽を通して演奏家とそれを聞く人々のこころを一つにしたのです。その調べが日本にもやってきました。「バルカン室内管弦楽団」の最初の海外コンサートが東京で開かれました。

ラジオで柳澤さんの名前を2回耳にし、朝日新聞の夕刊のコラムで初めてそのフルネームを目にした私。すてきなエピソードがご紹介できました。

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