今から10年ぐらい前のことだったと思います。アメリカの乳ガン患者さんたちが、南米の最高峰アコンカグア登頂を成功させました。私が関係していた「生きがい療法」の仲間はガン患者の一行が1987年にモンブランに登っています。そのご縁から、アコンカグア登頂メンバーが日本で講演会を開催してくれまし た。
その通訳をした時のことです。講演会当日、初めて会った二人の女性は、初対面から引きつけられる暖かい表情の方々でした。お昼ごはんをご一緒して、講演内容の打合せ。京都の前に開催された講演会での通訳の方が戸惑ったポイントなどを、的確に教えてくださいました。
スピーカーが二人、内容によって交代で話し、その通訳は一人の変則的な講演形式でした。教えてもらっていた「ポイント」が大いに役に立ち、とてもスムースに通訳をすることができました。
講演が終了した時、ボランティア仲間の一人が私に聞いたのです。「通訳の練習をしたのですか?」。スピーカーと私との声がほぼ一つの流れとなって、とても心地よく聞けたというのです。「ぶっつけ本番ですよ・・・」と私自身もその方の反応に驚きながら返事をしました。
通訳を使う講演の出来具合は、もちろん通訳の実力次第ですが、スピーカーの「勘の良さ」に負うところが大きいのです。スピーカーの声の微妙な下がり具合を 感じて、即座に通訳し、通訳のことばの変化を感じたスピーカーがすぐに次の文章に進む。これができれば、とてもスムースな講演となります。たとえ訳される ことばが全くわからないスピーカーでも、この呼吸を感じてくれる人は、とても楽に仕事をさせてもらえるのです。
言い換えれば「相手のはき出す息の最後を感じることができる人」ということになります。とにかく「呼吸が合う」ことが何より大切です。
まさに「阿吽(あうん)の呼吸」なのです。
辞書には「二人以上で一つの事をするときに気持ちの一致する、微妙なタイミング」とあります。「“阿”は口を開いて出す音声、“吽”は口を閉じて出す音声」、つまり最初から最後の音までピッタリ合わせることができる絶妙の呼吸のタイミングということですね。
そして、なにより、私が感じた「相手に対する心地よさ」、これがこの通訳をスムースなものにした大きな原因だと思います。「気が合う」、つまり心がピッタリ寄り添っていたのですね。
今までの通訳の経験の中でも、ピカ一の思い出です。
0 件のコメント:
コメントを投稿