先日の土曜日の朝、8時10分頃、ラジオのスイッチを入れました。NHKラジオでは、今年の4月から土曜日の朝8時台に朗読番組が始まりました。バタバタした時間帯にゆっくり聞けないな、と思っていた私でした。
その土曜日は、吉村昭さんの短編「梅の蕾(つぼみ)」。東北、三陸海岸の過疎の村を舞台とした作品に、どんどん引き込まれた私でした。
無医村に、千葉のがんセンター勤務の医師が自ら名乗り出て赴任(ふにん)してきます。村にとって、信じられないこと。村民あげて医師の家族を歓迎します。山野草に興味のある医師の夫人は、村の女性たちと一緒に、季節のいい時は、毎日のように山に入ります。医師の家には、女性たちが集まり、家事を手伝う姿も見られるようになりました。
その夫人は、白血病を患っていました。毎月東京に戻って診察を受けていた夫人が、入院のために村に戻れなくなり、そして亡くなります。夫人の実家で執(と)り行われた葬儀。ちょうど東京に出張していた村長が焼香を済ませたところに、数台のバスが到着し、村人たちが次々に降りてきました。夫人と一緒に山野草を取っていた腰のまがった女性もやってきました。村の診療所の奥さんの旅立ちを、村人の多くが見送ったのです。
このあたりで私の目頭が熱くなりました。閑静な住宅街にバスが止まった様子が目に浮かび、村人たちの姿まで見えてきました。音だけの世界がドンドン広がっていったのです。
さっそく手に入れた文庫本で、聞き逃した最初の5分のところも読みました。東北が大好きだった吉村さんのこころが、書き込まれた文体からにじみ出ているのです。
文章の美しさ。それが「音」になって伝わったときの表情の豊かさ(朗読者の技量も大きいですが・・・)。
「三陸海岸大津波」を読んでから吉村昭さんの本を図書館で次々に予約して借り出しています。黙読だけでなく、時には、すてきな表現を声に出して読んでいます。