2009年8月18日火曜日

ポーランド

今年は日本とポーランドの国交樹立90周年だそうです。二つの国にとっての「共通の脅威」だったロシア。日露戦争で小国日本が帝政ロシアを破ったことは、 ロシアに分割支配されていたポーランドで、日本への称賛と親近感が生まれ、それが両国の長年の良好な関係の基礎になったとのこと。

私にとって「ポーランド」という国の名前は父の思い出とつながる懐かしい響きがあります。

病弱だった父でしたが、健康状態が安定している時、仕事でヨーロッパに行ったことがあります。1960年代半ばだったと思います。ですが、最初の訪問地、ポーランドで体調を崩して入院してしまったのです。

日 本大使館にお世話になった入院だったそうです。当時のポーランドで英語が話せるお医者さまはたった一人。会話に苦労する日々を過ごしていた父のところに、 ワルシャワ大学で日本文化を研究していたメラノビッッチ氏が来てくださり、達者な日本語で、父の入院生活を助けてくださったそうです。

入院は3ヶ月近くになりました。帰国した父は、「僕はじゃがいもが好きだから生きていけたけれどね・・・」と言っていたのを覚えています。まだ豊かではなかったポーランドでの入院生活が想像できることばです。

その後、メラノビッチ氏が日本に研究のためにこられた時、家族揃って彼をあちこち案内しました。浄瑠璃寺も一緒に行きました。私がまだ小学生だった頃です。「メラさん」の穏やかな口調を今も思い出します。

その後、メラノビッチ氏は、ワルシャワ大学の教授として活躍されています。経済的にも大きく発展したポーランド。ヨーロッパのこの遠い国は、私にとってはとても近い国なのです。

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